29. 不老不死の恐怖

「もちろん、地球だったら死ぬぞ。紗雪の祖先だってみんな死んどるからな。じゃが、ここにいたら死なんのじゃ」


 エクソダスがここに墜落ついらくしてから五百年、それでもレヴィアの身体は子供のままだ。その理由が不老不死にあるとすれば辻褄つじつまがあわないこともない。


「では、死んだ日本のみんなも生き返らせられる?」


「原理的には可能じゃろうな」


 レヴィアは淡々と言うが、そんな荒唐無稽なことをどう理解していいのか分からず、英斗は言葉を失った。


 するといきなり毛布を跳ね上げて紗雪が起き上がり、


「ど、どうしたらいいんですか?」


 と、叫んだ。その悲痛な瞳には光が戻り、一縷いちるの望みに託す切実な想いが浮かんでいた。


「分からん」


 首を振るレヴィア。


「分からんってどういうことですか?」


 英斗は食って掛かる。


「まぁ、おちつけ。全ては女神さまのおぼしじゃ」


「女神……?」


「このエクソダスを撃墜した憎っくき神様じゃな」


 レヴィアは肩をすくめ、渋い顔で答える。


「じゃあ、女神さまに会って、地球を元に戻してくれって頼めばいいって事ですね?」


 英斗はレヴィアに迫り、手をつかんだ。


「まぁ、そうじゃな。そもそもこの流刑地からの攻撃で地球は滅亡しかかってるんじゃから、元に戻す理由にはなるじゃろう」


 紗雪も身を乗り出して聞く。


「どこに女神さまはいるんですか?」


「分からん。分からんが、魔王は知っているようじゃ」


「魔王……?」


 紗雪は眉をひそめ、英斗と目を合わせた。


 地球を滅ぼしている悪の権化ごんげが救済の手がかりを持っている。それがどういうことなのかいまいち二人にはピンとこなかった。


「魔王は以前『女神に復讐してやる!』と、息巻いておったから、女神さまについての情報を持っているようなんじゃ」


「女神に復讐……、彼もここに閉じ込められたということなんですかね?」


「龍族と一緒じゃな。何か女神さまの逆鱗に触れることをして飛ばされたんじゃろう。あの魔物を創る能力が関係してるかもしれんな」


「魔物で悪さをしたとか……、ですかね?」


「その辺りじゃろうな。何しろ嫌な奴じゃ」


 レヴィアは目をつぶり、肩をすくめた。



      ◇



 レヴィアから現状と今後の作戦についての説明が続いた――――。


 地球では七十億人以上が死に、いまだに魔物の攻勢は衰えていないそうだ。人類はもう長くはもたないだろう。しかし、地球制覇が終われば九十万の魔物の大群はこちらに戻ってきてしまう。そうなればここも無事ではすまない。それまでの間に魔王を仕留めるしかもはや道はないとのことだった。


 今やるべきことは本当にそれなのかすら確信が持てないまま、英斗はフワフワした気分でただ相槌を打っていた。


 説明が終わるころには陽はすっかりと沈み、窓の向こうではたなびく雲が茜色に輝いている。


 英斗は広いバルコニーに出ると伸びをして、少し冷たくなってきた空気を大きく吸い込んだ。


 そして手すりに腕を預けながら徐々に鮮やかさを増していく茜雲を眺める。


 死んでしまった両親や友人、滅んでしまった日本、もはや当たり前のように続いていた愛しい日々はついえた。ただ、まだどこかでそれが自分の中ではに落ちていない。


『自分の目で確かめるまでは信じられない……』英斗はそう思ったが、実際のところは信じたくないだけだった。多分それを受け入れてしまったら心が崩壊してしまいかねないので、心が自然とブレーキをかけているのだろう。


 英斗はふぅと大きく息をつき、うなだれる。


「英ちゃん?」


 気がつくと紗雪が隣にいた。うすいピンクの入院服をまとい、心配そうに英斗の顔をのぞきこんでいる。


 英斗は両手で顔をこすり、


「あ、ああ、紗雪。どうしたんだ?」


 と、無理ににこやかな顔を作って答えた。


「魔王討伐だけど……、本当に……続ける?」


 紗雪は困惑する思いを素直に口にしてうつむく。


 ふぅと英斗は大きく息をついた。


 レヴィアの言うことには筋が通っている。確かに女神という超常的存在に頼るしか今はもう道はないし、そのために魔王を制圧することは必須条件だ。しかし……。


 英斗は頭を抱えて首を振る。


 女神になんて本当に会えるのか? 女神は地球を再生なんてしてくれるのか? ということを考え出すとどう考えても上手く行きそうになかった。


 しかし、やらないというのであれば自分たちを待つのは死だけだ。さらにたちが悪いことに、ここでは死なないらしいから永久に苦しみ続けるような末路が待っているのかもしれない。


 今回も誰かが瓦礫の中から自分を掘り出してくれたからベッドの上で蘇生ができたが、もしそのままだったら、瓦礫の中で永遠に苦しみ続けていたのかもしれないのだ。


 英斗は死なない事の本当の恐ろしさをここで初めて実感し、ブルっと体を震わせた。


 もしかしたら地球へ行って自殺することが本当は正解なのかもしれない。英斗はそんな発想にハッとして自分が恐くなり、胸がキュッと痛んだ。

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