14. 愛しい男

「これは好機じゃ! 魔王打倒じゃ!」


 向こうの方でレヴィアがビールジョッキを高々と掲げながら叫んだ。


「オ――――!」「いよっ! 棟梁!」「やりましょう!」


 作業服を着た若い男たちがレヴィアを囲みながら盛り上がっている。若いと言っても千歳くらいなのかもしれないが。


 もし、魔王を打倒できるのであれば、これは日本にとっても朗報である。ゲートからの魔物の侵略が止まることは人類にとっても福音なのだ。


 レヴィアはジョッキを持ちながら、ふらふらと上機嫌に英斗のところまでやってくると、


「おい、紗雪呼ぼう。あいつと一緒に魔王城行くぞ!」


 と、座った目で言った。


「さ、紗雪を? な、なんで?」


「あの娘の攻撃力はピカイチじゃ。ドラゴン化せずにあそこまでできる奴はそうはいない。それに、今回の騒動の原因でもあるんだから頑張ってもらわんとな」


 そう言ってレヴィアはジョッキを傾ける。


 英斗としては紗雪をこれ以上戦いの現場に出したくはなかった。だが、迷惑をかけたことは確かなので、それは協力しないわけにもいかなかった。


「あ、そうだ。お主にもキス要員で来てもらうからな。クフフフ」


 レヴィアはいたずらっ子の目でそう言うと、ジョッキを一気にあおる。


「キ、キス要員!?」


 英斗は何とも間抜けな役割を与えられ、唖然とする。本来恋人同士だけの秘密の営みが、世界を守るための役割として自分に降りかかってきている。あまりに間抜けでバカバカしい話に英斗はウンザリしてうなだれた。


「なんじゃ? 紗雪とキスしたくないのか?」


 酔っぱらってほほを紅潮させたレヴィアは、ニヤニヤしながら絡んでくる。


「い、いや、そういう話ではなく、なんかもっとこう活躍できる役目ってないんですかね? キスだけってまるで水商売ですよ」


「カッカッカ! 人間に戦闘なんて無理じゃろ。大人しくその唇で紗雪を興奮させるんじゃな」


 散々な言われように英斗はムッとして聞いた。


「レヴィアさんは誰とキスすると興奮するんですか?」


 ピタッと止まるレヴィア。ジョッキを持つ手が少し震えている。


 いつもの軽口が来ると思っていた英斗は、そのリアクションに少し後悔し、慌てた。思えばエクソダスは大量の死者を出した凄惨な事故現場であり、レヴィアたちは遺族なのだ。言葉は選ばねばならなかった。


 レヴィアはジョッキを一気に飲み干し、大きく息をつき、


「ええ男じゃった。お主も悔いのないようにな」


 と、ボソッと言うと奥の部屋へと消えていった。



       ◇



 翌日、少し離れた広場で、英斗は木陰のベンチに寝かされていた。紗雪をおびき出すエサの役をやらされたのだ。


 青空には太陽が燦燦さんさんと輝き、木漏れ日がチラチラと眩しく光っている。


 タッタッタッタ――――。


 遠くの方から誰かが駆けてくる。シルバーのジャケットをザックリと羽織はおった見慣れたその姿、紗雪だった。近未来的なぴっちりとした黒いタイツには赤いラインが走り、スタイルの良いスラっとした長い脚を際立たせている。


 ただ、髪の毛はショートカットになっていた。レヴィアに髪を焼かれたので短くしたのだろう。


「いいか、お主は目を開けちゃいかんぞ!」


 レヴィアはニヤッと笑って言った。


「いかんぞ! きゃははは!」


 タニアもマネして笑う。


 交渉の場にタニアは似つかわしくなかったが、泣いて騒ぐので仕方なく連れてきたのだった。


「タニアはいい子にしてること! 分かったね!」


 英斗はタニアをにらんで言った。


「うん! タニア、いい子だよ!」


 タニアは満面に笑みを浮かべる。



       ◇



 急いで広場までやってきた紗雪は、ベンチに横たえられた英斗を見つけ、青い顔で、


「ああっ! 英ちゃん! 英ちゃんに何したのよ!」


 と、レヴィアを鋭くにらむ。ハァハァと荒い息が響いた。


 それはいつものクールビューティとは全く違う昔の紗雪だった。英斗はそのなつかしい生き生きした紗雪の姿に心が温まり、ほほが少しだけ緩む。


「なんもしとらんよ。単に寝てるだけじゃ。自分で見てみろ」


 くっ!


 紗雪は英斗のところまで駆け寄ってくると英斗のほほをやさしくなでる。


「あぁぁ……、ごめんね、英ちゃん……」


 声を震わせ涙ぐむ紗雪に、英斗は胸がチクリと痛んだ。


「召喚状は読んだじゃろ? お主には一緒に魔王城に来てもらう。いいか?」


 紗雪は英斗の手をぎゅっと握りしめるとキッとレヴィアをにらみ、


「嫌だと……言ったら?」


 と、低い声で静かに言った。


 その瞳には激しい怒りの色が揺れている。


「お前の愛しい男は二度と目覚めることがないだけじゃ」


 レヴィアは肩をすくめ、挑発するように言った。


 ギリッと紗雪の奥歯が鳴る。


 英斗は心臓が高鳴り、ポッと赤くなった。


 一瞬、『そんなの構わないわ』と言われるのではないかと構えたが、どうやら紗雪は本当に自分のことを大切に思ってくれているらしい。


 しかし、そんな紗雪をこんな形でだましていることに胸が苦しくなり、思わず静かに深呼吸を繰り返した。


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