15. 会心の嘘

「私が行けば英ちゃんは解放してくれるのね?」


 紗雪は怒気のこもった声を出す。


「いや、同行してもらう。お主には必要じゃろ? 他の男でもええんか?」


 レヴィアは意地悪な顔をして返す。


「ダ、ダメ……。私は……英ちゃんじゃなきゃ……」


 紗雪は真っ赤になってうつむいた。


 英斗は実質告白されてしまったようなもので、居てもたってもいられなくなる。思わず呼吸が荒くなり、顔も真っ赤だった。


 その様子を見てレヴィアは思わず吹き出しそうになる。


「な、何がおかしいのよ!」


「あ、いや、悪かった。若いっていいなって思ってな」


 紗雪は口をとがらせレヴィアをにらみ、少し考えこむ。


 英斗にはついてきて欲しい。もちろん、パワーアップの効果が必要だという面はあるが、それ以上にそばにいて欲しかったのだ。魔王城に知らない人たちだけで乗り込むことはさすがに心細い。


 とはいえ、それは自分のわがままだということはよく分かっている。英斗に命懸けの同行を頼むなど、自分の口からは到底言えなかった。


 考えがまとまらず、紗雪は大きく息をつくと聞く。


「いつ、行くのよ?」


「今からじゃ、善は急げというからのう」


「い、今!?」


 紗雪は目を真ん丸に見開き、言葉を失う。


「昨日、魔王軍は壊滅させておいた。警備も手薄じゃろう。やるなら今じゃ。お主も地球を守りたいんじゃろ?」


「か、壊滅!? ど、どうやって?」


 紗雪は唖然として聞く。五百年間手こずっていた強敵相手に、じり貧の龍族が巻き返すなど想定外だったのだ。


「分からん。だが神風が吹いたんじゃ」


「神風って……」


「理由は分からんが魔王軍には警備兵くらいしか残っとらんだろう。今を逃したらもう滅ぶしかないぞ」


 紗雪はうつむき、ゆっくりとうなずく。


「で、でも、英ちゃんをそんな危険なところに連れていけないわ。英ちゃんは何て言ってるのよ?」


「こ奴は『紗雪とならどこまでも行く。紗雪を愛している』って言っとったぞ」


 ブフッ。


 思わず吹き出してしまう英斗。そんなこと言っていない。


 英斗はレヴィアを怒鳴りたい気持ちを必死に抑える。


 えっ!?


 一瞬英斗が吹きだしたように見えた紗雪は、けげんそうに英斗を眺める。


「まさか……、起きてる……?」


 英斗は必死に寝たふりをする。


 ツンツンと英斗のほほをつつく紗雪。


 しかし、寝たふりを厳命されている英斗は、何があっても目を開ける訳にはいかなかった。


 しばらく英斗の様子をじっと見て、ふぅとため息をつくと、紗雪はほほをやさしくなでる。その顔には愛しさが満ちあふれていた。


「ほ、本当に……そんなこと……言ったの?」


 チラッとレヴィアを見上げて言った。


 笑いをこらえていたレヴィアは、ゴホンと咳ばらいをして、顔を作り、答える。


「お主だってこ奴の気持ちには気づいておろう」


「そ、そりゃぁ……。でもその気持ちを私は利用してしまったの。もう私には愛される資格なんて……ないわ」


 紗雪はガクッと肩を落とす。


「はっはっは!」


 レヴィアは嬉しそうに笑った。


「な、何がおかしいのよ!」


 紗雪は涙を浮かべた目でキッとレヴィアをにらんだ。


「こ奴はそんなこと気にせんよ。まぁ、落ち着いたらすべて話すといい。いつまでも薬に頼ってちゃいかんぞ」


「そうね……。魔王を倒せたら……、ちゃんと話すわ」


 紗雪は英斗をジッと見つめながら額から髪の毛をやさしくなでる。その優しい手の動きには恋しさがあふれていた。


「じゃあ、着いてきてくれるな?」


「英ちゃんも納得しているなら……、行くわ。魔王の脅威におびえる暮らしからみんなを解放しなきゃ」


 紗雪はグッとこぶしを握った。その目には決意がみなぎっている。


 その目には、理科準備室でみせた悲痛さはなく、むしろ希望の色すら見えた。


「よーし、じゃぁ、今すぐパワーアップするんじゃ」


 レヴィアはそう言って英斗の唇を指さした。


「えっ!? こ、ここでですか?」


 紗雪は真っ赤になる。


「大丈夫、ワシらは後ろ向いとるからな」


 そう言ってレヴィアは背を向ける。タニアも真似してキャハッ! といいながら背を向けた。


 えっ? ちょっと……、ええっ!?


 紗雪はキスのおぜん立てをされてしまって戸惑う。


 しかし、キスをするなら英斗の意識が戻る前にしておかないとならない。魔王を倒してちゃんと話をするまでは、キスのことは秘密にしておきたかったのだ。


 紗雪は英斗の脇にそっとしゃがむと愛おしそうに英斗の髪をなで、そしてほほをそっとさすった。


「ごめんね、英ちゃん。ついに巻き込んじゃった……。でも、好きなの……。大好き……」


 そう言って瞳を潤ませ、そっと唇を重ねる。


 チロチロと愛撫する舌先が英斗の唇を押し広げていく。


 英斗はその愛情のこもったキスに、思わず抱きしめたくなる衝動にかられた。しかし、ここで意識があることを悟られてはならない。全ては魔王を倒した後、ちゃんと自分から告白するつもりなのだ。


 両想いだと分かった後のキスの味は、今までとは違う温かさ愛おしさのフレーバーが加味され、天にも昇る気持ちになる。英斗は温かく柔らかい紗雪の舌に身をゆだね、荒い息遣いを感じていた。


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