13. 宇宙の手
ゆっくりと下ろす手のひらは、やがて床へと近づいていく。
英斗は何か意味があるのか、と小首をかしげながら窓の外を見て驚いた。何とそこには巨大な手のひらが宇宙から降りてきていたのだ。
はぁ!?
目の前で起こっている、理解不能で滑稽な光景に混乱した英斗は目をゴシゴシとこすってもう一度見直す。
しかし、それは間違いなく手のひらだった。
手のひらのサイズは十キロメートルはあるだろうか? 腕は青空のはるかかなた向こう、ずっとずっと高いところから雲を突き抜け、降りてきていた。
いや、これ……、えぇ……!?
想像を絶する出来事に英斗は息をのむ。
それこそ東京23区がすっぽりと覆われてしまうサイズの手のひらなど、物理的に可能なのだろうか? 可能だとしてそれを宇宙から下ろしてくるということなどどうやったらできるのだろうか?
やるとしたら誰が?
それはタニアしか考えられなかった。不思議な幼女タニアが宇宙から魔物たちを潰そうとしているのだろう。
しかし、どうやって?
唖然としている英斗の目の前で、そのまま手のひらは地面を押しつぶす。直後、巨大な砂嵐が巻き起こり、辺り一面土煙に覆われて何も見えなくなった。
地面に降りた手のひらからあふれる空気が、爆発的速度で周りにふき出したのだろう。
レヴィアも画面に映し出される巨大な砂嵐に驚き、叫んだ。
「な、なんじゃこりゃぁ!? 総員退避! たーいひ!」
画面に出ていたレーダーによる魔物の反応も一斉に消えていった。
「タ、タニアの手ですよあれ!」
英斗は興奮して叫んだが、レヴィアは呆れ、
「何がタニアじゃ! こっちは忙しいんじゃ、黙っとれ!」
と、叫びながらパシパシとテーブルを叩いていく。
「いや、手のひらが宇宙から降りてきたんですって!」
「バカも休み休み言え! なんで宇宙から手なんて降りてくるんじゃ!」
「な、なんでって……、なんで?」
英斗がテーブルの下をのぞくとタニアが倒れている。
「タ、タニア!」
英斗は急いでタニアの様子を見る。ペシペシとほほを軽く叩いてみたが反応はない。ただ、スースーと息をする音がする。
ん……?
胸に耳をつければ心臓もトクトクと軽快な鼓動を刻んでいるし、血行もよさそうだ。どうやら寝てしまったらしい。
「良かった……」
英斗は大きく息をつき、ペタリと床に座り込む。
十万匹もの魔物を潰して寝てしまった幼女。その規格外の存在に英斗はどうしたものかと考えこんだ。
あんなことができるのだとしたら、今この世界で一番強いのはタニアということになる。米軍だってあの手のひらには対抗できないだろう。タニアの機嫌次第で世界は滅びかねない。
なんだか凄いことになってしまったと、英斗は大きなため息をついた。
改めてそのかわいい寝顔を見つめると、まだ幼いながら整った顔立ちに美しくカールした長いまつ毛が生えている。その刹那、キスの時に見た紗雪のまつ毛がフラッシュバックした。
ドキッとした英斗は顔を赤くし、ブンブンと首を振る。
龍族というのはまつ毛が長くて綺麗な種族なのだな、と英斗はとりとめのないことを思いながら、そっとタニアの髪をなでた。
◇
その晩、集会場で祝勝会が開かれた。レヴィアたちは酒盛りで大騒ぎをし、宿敵の魔王軍撃破を祝う。何しろ、
ただ、十万もの大群がなぜ砂嵐の中に沈んだのかは結局分からないままである。これは後日データ解析をすることでまとまったらしい。
あの時、英斗が見たタニアの巨大な手のひらは誰にも見えていなかったようで、誰からも相手にもされなかった。
しかし、あの幼女独特のかわいい小さなモミジのような手のひらは、明らかにタニアのものであり、なぜタニアがそんなことができたのか、英斗には皆目見当もつかなかった。
英斗はキツネにつままれたような気分で宴会場の隅っこに座り、タニアをひざに乗せる。
「魔物つぶしたのはタニアだよな?」
スプーンでご飯を食べさせながら聞いてみた。
「わかんない! きゃははは!」
タニアは嬉しそうに笑うとスプーンをパクっとくわえ、美味しそうにモグモグとほっぺたを揺らした。
英斗は渋い顔をして、かわいいプニプニのほっぺたについたご飯粒を取ってあげる。
もちろん、ここで「そうだよ!」と、言われたとしても事態は何も変わらない。幼女の言うことなど何の説得力もないのだ。
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