6-10
「安易に殺すな! だけど逃がさず捕まえろ! 手足は四本までなら折って構わない!」
僕の指示に応と答えた弟子達が、怒りと暴力への興奮に頬を紅潮させながら、棍棒を片手に駆け出す。
キュレーロの実家であるパン屋を打ち壊していた賊達は、まさか僕等がこんなに早く駆け付けるとは思ってもなかったのか、判断に迷って一瞬硬直した。
実に愚かな連中だ。
戦うなら戦う、逃げるなら逃げると即座に判断できぬから、無様にも僕等の先制攻撃を受ける羽目になる。
振り下ろされた棍棒が賊の鎖骨を打ち砕き、転がった彼等は半壊したパン屋より引き摺り出されて、更に棍棒で滅多打ちにされていく。
凄惨な光景だが、同情はしない。
キュレーロの家族には予め襲われる可能性を告げ、店が壊された際の弁償と、弟子達を護衛に付けていたとは言え、打ち壊しに怯えた事は間違いないだろうから。
賊は皆、帝都の一角で剣を教えるとある道場の門下生だ。
道場主はリューレンと言う名の引退した元上級剣闘士で、地方でミルド流を齧ってから帝都に流れ着き、剣闘士として名を上げた人物らしい。
だからリューレンは間違いなく剣士としては一流だったのだろうが、しかし彼の門下生たちはそうではなく、水場を占拠して水汲みを無理矢理代行する事で金をせびったり、勝手に荷運びをして金をせびったり、用心棒の真似事をして金をせびる、所謂ゴロツキ紛いの連中ばかり。
本来ならばこの様な真似をしてる連中がミルド流を名乗れば、他の剣闘派の剣士から制裁を受ける事になるだろうが、リューレンの名前は剣闘派の中でも大きいらしく、そちらに遠慮して見逃されており、門下生達は師の武名を傘に好き勝手に振る舞っていた。
そんなゴロツキ紛いの連中にとって、名を知られ始めた霜雪の剣はとても目障りだったのだろう。
僕の弟子達の中でも、貴族家の出身でない者に対して、最初は嫌がらせを行い、次に襲撃を仕掛ける様になったのだ。
しかし襲撃が行われる頃には、既に僕は弟子達に複数人での行動を命じており、リューレンの門下生達は幾度となく返り討ちに合う。
そして襲撃に失敗した事に逆恨みをしたリューレンの門下生達は、今度は弟子の家族を狙ったと言う訳だった。
リューレンが何故、自分の門下生に好き勝手振る舞いを許しているのかは、知らないし興味もない。
けれども僕の弟子に手を出すのであれば、もはや明確に敵である。
有り難い事に彼等には大した後ろ盾がない。
近衛派の様に、揉めれば複数の貴族を敵に回すと言う事がないのだ。
派閥の自浄も出来ない剣闘派に対する見せしめの意味でも、僕はリューレンと彼の門下生達を徹底的に潰すと決め、事情通の市民達に金をばら撒き、彼等の動きを把握した。
その結果が、打ち壊しを始めた直後のリューレンの門下生達に対する拿捕である。
散々に打ちのめされて騒ぐ元気もなくなった彼等を、素早く拘束してから、荷車に積み込み運ぶ。
暫くすれば衛兵が駆け付けるだろうから、その前に撤収だ。
リューレンの門下生達は、衛兵には渡さない。
打ち壊し程度の罪で檻の中に放り込んでも、暫くすれば外に出て来てしまう。
リューレンの道場と言う帰る場所がある以上、そうなれば同じ事の繰り返しだ。
故に僕は拿捕したリューレンの門下生達を、予め取り決めて置いた通りに、ファウターシュ侯爵家が帝都に滞在する時に使う邸宅に運び込む。
ここなら衛兵もそう簡単には引き渡しを要求できないし、ファウターシュ侯爵家による、ミルド流の大元としての裁きを行ってくれる。
……まぁ厳密に言えばミルド流の大元はファウターシュ侯爵家ではなく、ユーパ・ミルドなのだが、その存在は殆ど知られていない。
なので今、ミルド流を代表するのはやはりファウターシュ侯爵家だった。
他流派への嫌がらせの為に帝都で打ち壊しを行った罪を裁いた場合、恐らくは今後はミルド流を名乗る事の禁止と、剣を握れぬ腕にする位の処置が行われる。
何よりも、嫌がらせを行った他流派に拿捕されて引き渡されたと言うのが、剣士としては最悪だ。
もうリューレンの門下生達は、帝都で暮らす事は到底出来ない。
またこの結果がミルド流の中で広まれば剣闘派はもとより、近衛派だって霜雪の剣との敵対は控えるだろう。
だから残るは、門下生達を失った道場主のリューレンの出方次第だった。
彼が自分の門下生をどう考えていたのかはわからない。
自分を慕う門下生達を息子や年の離れた弟の様に見ていたのかも知れないし、彼等を何とか真っ当に生きられる様にしようと試行錯誤していたのかも知れないし、単にゴロツキの親分を気取っていたのかも知れない。
だがどの辺りに僕は興味がないし、どうでも良いのだ。
ただ報復に来るなら、僕が決闘と言う形で相手をすると決めている。
流石に元上級剣闘士が相手では、今の僕の弟子達じゃとてもじゃないが太刀打ちできないから。
勿論、僕だって上級剣闘士が相手の殺し合いならば、容易く勝てると決して言う訳ではないけれど、それでも斬れば解決が可能と言うのは実に単純で明快だ。
少なくとも今抱える悩みに比べれば、何も難しい事はない。
……そう、先日僕はユーパ・ミルドを呼び留めて、『土地の魔力を吸い取る』術式と魔力を持たない者に、魔力を利用する剣技を使わせる方法に関して相談した。
すると彼は僕の言葉に目を丸くした後、本当に嬉しそうな笑みを浮かべて、
「でも良かった。私がここに居た甲斐があったよ。フィッケル君がその術式をキュレーロ君に刻んでいたなら、私は二人を斬らねばならない所だった。君の才は勿論、キュレーロ君の剣への熱情も、安易に斬って失うには多少惜しいからね」
なんて風に言ったのだ。
その言葉に嘘や誇張がない事は、僕が感じる居心地の悪さが証明してる。
ユーパ・ミルドと初めて会った時よりも遥かに強い居心地の悪さ、強烈な死の予感に、僕は思わず剣の柄に手を置く。
「あぁ、だけど君を斬らずに済むかどうかは、この話し合い次第だね」
彼は、人の形をしてるのに、明らかに人外の化け物は、嬉しそうな笑みを浮かべたままにそう言った。
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