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 実は僕は、魔剣を含む魔導具の作り方を、一部分は知っていた。

 これは帝国の宮廷魔術師の中でも魔導具作成に携わる者か、何らかの功績で禁書庫への出入りが許された者しか知らない秘匿された情報だ。


 魔導具作製の第一段階は、全て素材への魔力付与から始まる。

 魔剣ならばそれを打つ為の鉄のインゴットで、火吹きの魔杖ならば丈夫な樫の枝、気配を薄めるマントならば獣の皮で、植物が持つ栄養を余さず肉体に与える緑の滋養ならば特殊な薬草。

 それ等の素材に、大きな魔力を保有する魔術師が、全力で魔力を注ぐ。

 実に単純な方法だろう。

 まぁ確かに、こんな方法は魔術師ならば一度は試しそうな物だし、秘匿するに値しない情報に思える。


 しかしこの魔力を注がれた素材は、別に何の変化も起こさずに、一日もすれば全ての魔力が霧散してしまう。

 でもそれにめげずに何度も何度も、毎日毎日、魔力が抜ければ再び注ぎを繰り返すと、やがて素材自体が魔力を発する様になるのだ。

 因みに袋一杯の薬草なら数ヶ月、獣の皮なら一年か二年、樫の枝も二年程で、鉄のインゴットなら五年以上の年月が必要になるが。


 普通はそうなると知らなければ、そんなにも長い年月、めげずに素材に魔力を注ぐ魔術師は居ない。

 一説には、大きな魔力を保有する土地で魔物が多く発生するのは、魔力が生き物を変異させた結果で、素材が魔力を発する様になるのも、強い魔力に晒され続けた事による魔物化だと言う物がある。

 だが例えそうだとしても、生物でない素材は魔力を発する様になっても人に害を与えはしなかった。


 そしてその魔力を発する様になった素材を、帝国が抱える一部の優秀な職人は、魔力を失わさせずに剣や杖、マント等に加工する。

 但しこの職人が関わる加工の部分は、僕もその方法は全く知らない。

 恐らく職人達は素材に魔力を持たせる方法を知らず、加工法だけを知っていて、万一どちらかの情報が漏れたとしても帝国の魔導具が安易に再現されない様になっているのだろう。


 さてこうして出来上がる剣や杖、マント等は、魔力を発しはする物の、何らかの魔術的効果を持つ訳ではない。

 だからここからは再び魔術師の出番で、その魔力を利用して魔術的効果が発生する様に術式を刻むのだ。

 そうして漸く魔導具は完成する。

 因みにこの最後の術式に関しては、深い魔術の知識を持つ者ならば誰でも刻む事が可能だし、また魔導具を見ればそれがどんな効果を持つのかも判別が付く。

 なので別に情報は秘匿されていないし、そもそも秘匿される意味がなかった。


 ……とまぁこの様に、魔導具の完成には非常に大きな手間がかかる。

 全ての魔導具が一般人には到底手が出せない値を付けられるのも、当然の話だった。


 故にキュレーロがどれ程に望んだとしても、彼が魔剣を手に入れる事は不可能に近しい。

 仮にそれだけの金を得ようとするなら、例えば剣闘の世界に飛び込み、上級剣闘士にまで登り詰める位の無茶は必要になる。

 魔力を必要とする剣技への憧れと嫉妬が芽生え始めたばかりのキュレーロに、そんな覚悟はないだろう。



 次に二つ目の方法だが、僕があの北の大山脈に赴き、霜の巨人の神殿で見付けた『土地の魔力を吸い取る』術式を利用する方法。

 土地の魔力を吸い取る術式をその身に刻めば、身体に取り込まれ続ける魔力を己の物として利用したり、…………これは何と言うか万に一つ位の可能性だが、強い魔力に晒され続けた事で素材自身が魔力を発する様になるのと同じく、キュレーロも魔力を保有する事が出来るかも知れない。


 またこの『土地の魔力を吸い取る』術式を使えば、今の様に何年も掛けて素材が魔力を発する様にせずとも、もっと安易に魔導具を作り出せる可能性もあった。

 何せ僕が見付けたあの神殿は、魔力を使って大きな効果を発する巨大な魔導具だと言っても過言じゃないのに、使う魔力は帝国の本領から引っ張った、土地が保有する魔力だったのだ。

 もしも土地の魔力を使って効果を発する魔導具を作れたら、そして量産したなら、帝国はこの大陸を制覇する事すら叶うだろう。


 だが僕は、この『土地の魔力を吸い取る』術式を利用したり公開する事に、この数年間ずっと躊躇いを覚えて来た。

 何故ならそれは帝国がこの大陸を制する為の、大戦争の引き金になりかねないし、それに土地が保有する魔力だって限度なく存在する物じゃない。

 便利な魔導具が量産されれば、人は際限なくそれを使う。

 土地が保有する魔力は、強まり過ぎれば魔物の発生を多くしてしまう厄介な代物だが、同時に土地の実りを多くする事も知られてる。

 つまり土地の魔力を吸い取り過ぎれば、土地の実りは枯れるのだ。


 だから僕は、見付けたこの『土地の魔力を吸い取る』術式を、未だに秘匿し続けている。

 それにこの術式を人体に刻んだ時の影響も、正直測りかねる物だった。

 動物に試せば、魔物になる可能性が高いと思う。

 人間が魔物になると言う話は聞いた事がないけれど、……僕が知らないだけでないとは言い切れない。


 故に僕は、魔力持ちの弟子達に憧れと嫉みが混じった視線を向けるキュレーロに、ずっと何も言えないままでいた。



「……先生、フィッケル先生?」

 どうやら物思いに耽り過ぎたらしい、呼び掛けるキュレーロの声で、僕はハッと我に返る。

 少し疲れ気味なのだろうか、随分と間の抜けた失態を晒してしまった。

 えぇと、彼等に話していたのは、そう、確か戦術の基本を教える前に、色々と兵種があって状況や相性で有利不利があるって話をしていたのだ。


「いや、次に何を話そうか悩んでたんだよ。……あぁ、そうだ。今はもう滅亡したウェーラー王国との戦争で使われた戦術の話をしようか」

 僕は誤魔化す様に、彼等の興味を惹きそうな題材を記憶の底から掘り起こす。

 些かわざとらしい誤魔化し方になってしまったが、キュレーロを含む弟子達は素直にそれに乗ってくれる。


 滅亡した大国であるウェーラー王国との戦争は、物語としても語り継がれる有名な物だから、戦術を教える取っ掛かりとしては丁度良いだろう。

 そう考えた僕は咳払いを一つして、二百年以上も昔に起きた戦争の序章を語り始める。

 実はこの戦いは勝者である帝国側の戦術には見るべき所がないのだが、攻め寄せる五十万の帝国軍を二十万の軍勢で迎え撃ち、軍団ごとに各個撃破してもう少しで勝利しそうになった王国側の戦術には見るべき点が多い。

 まぁ結局は剣闘団と呼ばれる軍団の決死の切り込みでウェーラー王国側の将軍が討たれ、戦況がぐちゃぐちゃになって収拾が付かなくなった所を、数に勝る帝国軍が勝利したのだけれども。


 取り敢えず、今は彼等に教える事に集中しよう。

 解決出来ない僕の悩みは、あぁ、そうだ。

 ユーパ・ミルドにでも相談してみるのも良いかも知れない。

 長く生きているらしい彼なら、僕の知らない答えを持っている可能性も、まぁ、なくはないから。

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