6-11
その言葉に、その笑みに、僕は思わず剣を抜き放つ。
命を一方的に握られてる感覚が嫌だった。
ユーパ・ミルドの気に飲まれている事に反発した。
彼とは一度剣を交えてみたかった。
相手は伝説に生きる化け物だが、あれから五年、修練を積み重ねた自分の剣なら通じると思った。
「霜の巨人よ、我が剣に御身の加護を!」
そして叫ぶ。
放った剣技は霜雪の剣、凍魔。
僕がミルド流を代表する剣技、魔纏の剣を封じる為に編み出した技だ。
ミルド流を編み出したユーパ・ミルドに浴びせるのに、これ程に相応しい剣技はないだろう。
まぁ尤も、彼も一年以上も霜雪の剣を学んでるから、凍魔は使えてしまうのだが。
……けれども。
キンッと甲高い音が鳴り、僕の剣は半ばから刃を失いガラクタと化した。
それから僕の喉には、鉄の剣を叩き切ったユーパ・ミルドの手刀が、ぴたりと添えて止められる。
声も出せない。
ユーパ・ミルドの笑みも崩せなかったどころか、僕は彼に素手で剣を圧し折られたのだ。
いや、流石のユーパ・ミルドでも何の細工もなしに鉄の剣と打ち合って、手刀で勝てる筈はないだろう。
だが手刀に魔纏の剣を使っていたとしても、僕の凍魔が彼の腕を凍らすだけで終わる。
だとしたら答えは、僕には一つしか思い付かなかった。
僕の凍魔は魔纏の剣に打ち勝つ剣技だが、魔纏の剣を打ち破ったのは、実は凍魔が初めてじゃない。
それとぶつかるなんて事は想定すらしてなかったけれど、確かにその剣技とぶつかったのなら、凍魔が魔力を吸い取って凍らせる前に切り裂ける。
「あぁ、気付いたね? そうだよ。これはあの子が、ルッケル・ファウターシュが編み出した技さ。恐ろしく不器用で愚直で、だけどとても高度な技だよ。少しでも多くの人が使える様にと工夫された、フィッケル君の霜雪の剣は真逆だね」
ユーパ・ミルドが繰り出した技の名は、閃火。
魔纏の剣の魔力を圧縮し、切れ味を発揮したい一瞬に解放する事で圧倒的な力を発する剣技。
それでも魔力を解放する一瞬に、僕の凍魔はごく微量の魔力を吸ったのだろう。
ユーパ・ミルドは僕の喉から手刀を引き、腕に生じた僅かな氷を振り払った。
「霜雪の剣は、良い剣だ。魔纏の剣だけじゃなく、放たれた魔術も、魔物も凍らせて切れる。しかも乏しい才でも真摯に剣と霜の巨人に向き合えば使えるなんて、本当に優しい剣だ。……でも欠点は色々あるね」
彼が喋る度、僕を襲っていた居心地の悪さ、死の予感は消えて行く。
毛穴が開き、大量の汗が溢れ出て流れ行くのを感じる。
僕は、生き延びた。
生き延びたのだけれど、あぁ、僕は、負けたのだとすら思えない。
先程のあれは勝負ですらなかった。
「例えば詠唱。同じ詠唱から技を使い分けれるとしても、行動の起こりが丸わかりだ。手札が多ければ有利なのは確かだけれど、それが即ち強さかと言うと話は別だよ」
諭す様なユーパ・ミルドの言葉に、僕は思わず唇をかみしめる。
詠唱が不利になる事は理解してた。
だからこそ手札を増やして対処しようとしてたのも、また事実。
でもそれは、そう、確かに完全に魔術師の発想だ。
だって詠唱で内容を察せられようが、お構いなしに纏めて吹き飛ばすのが魔術だから。
「そして同じ欠点を、剣士としてのフィッケル君自身も持ってる。君はあまりに器用過ぎて、その局面に有利な手札を切るだけで勝てるからね。君の剣士としての才、状況を見る目と感覚の鋭さが、全く磨かれてないんだ。同じ才を持ちながら、自分には剣を振るしか能がないと認識してたルッケルとは、やっぱり真逆にね」
言いたい様に言われているが、僕に反論はない。
全く以ってその通りだろう。
しかしだからといって、今更僕は魔術師としての自分を否定は出来なかった。
汝、多能の天才でなければ一芸に秀でる事に努めよ。
優れた技は、それが何であれ使い方次第で身を助ける。
一芸を磨き、その使い方を知れ。
ルッケル・ファウターシュはそう言い残したが、僕は既に二つの芸を持っていた。
剣士であると同時に、魔術師でもあるのが僕だ。
故に中途半端になっていると言われるならば、どちらも更に磨き上げて完全な物とするより他にない。
気持ちが定まれば、心も落ち着く。
大きく息を吸い、大きく吐いてから、僕はユーパ・ミルドと改めて向き合う。
するとユーパ・ミルドは相変わらずの、否、より柔らかくなった笑みを浮かべ、
「まぁ君の在り方を否定したい訳じゃないよ。単に剣士としては、その才を惜しいと思ってるだけさ。フィッケル君の魔術師としての才も、同じ位に貴重だしね。……まぁ、それはさて置き、そろそろ落ち着いたかな? だったら話の続きに入ろうか」
そんな言葉を口にする。
そう、そう言えば、思わず剣を抜いてしまったが、話し合いの最中だった。
だけどあれは、この後の話し合いをスムーズにする為、或いは僕に欠点を教える為にも、彼は敢えて行動を誘発したのだろう。
実に性格の悪い誘いだったが、色々と学べたし、この先にどんな話が飛び出したとしても、もう充分過ぎる程に心は振り回されたから、今更驚く事もない。
取り敢えず僕は握ったままだった壊れた剣を、……少し迷ってから傍らの机の上に置き、頷く。
そうしてユーパ・ミルドは咳払いを一つして、
「さて、じゃあ手早く結論から言おう。フィッケル君がその術式をキュレーロ君に刻んで居たら、彼は魔物になっていた。それが私が君達を斬らなきゃいけなくなる理由だ。知られぬ様に秘匿してるが、魔力は人間を魔物にするんだ。そして私も、人間から魔物になった一人だよ」
物凄く衝撃的な事を言い出した。
さっき散々に振り回されたからか意外と素直に受け止められたが、それでも自分は魔物だと宣言されれば衝撃は受ける。
ただ普通ならとっくの昔どころか、もっと大昔に死んでて当然の人間が老いも感じさせない姿で歩きまわっているのだから、尋常の存在ではない事は考えてみれば納得だ。
「但しキュレーロ君がなれるのは理性を持たず、他人を襲って貪り食う魔物だ。実はね、人間から変化する魔物は、三種類あるんだよ」
そう言ってユーパ・ミルドは、指を折って数え出す。
一つ目は理性を持たず、ただ人を襲う魔物、グール。
二つ目は理性を保ち、強力で老いから解放された肉体を持つが、やはり人を襲う魔物である吸血鬼。
三つ目は理性を保ち、強力で老いから解放された肉体を持ちながらも、特に人を襲う必要のない超越者。
彼曰く、これ等の魔物は魔力に因って生まれ、その違いは魔力への抵抗力で生じるそうだ。
人間の身体は基本的に外部の魔力を遮断して取り込まない様にしてる為、普通に生活を送るなら魔物化の危険は一切ないらしい。
但し極端に大きな魔力に常に晒されたり、自ら外部の魔力を取り込み続ければ話は変わる。
例えば『土地の魔力を吸い取る』術式を身に刻むなんて行為は、確実に魔物化を招くだろう。
だが魔力を保有して生まれて来た人間は、常に自らの魔力を体内に持っているから、魔力による魔物化に対しての抵抗力を持っている。
そしてその抵抗力は当然ながら、保有魔力が大きければ大きい程に強い。
更にその抵抗力は肉体や精神を鍛える事でも、少しずつだが強まるそうだ。
人として強ければ、外部からの干渉にもまた強いと言う事なんだとか。
抵抗力を持たない、或いは弱い状態で魔物化すれば、理性すら魔力に押し流されて掻き消されて、人を喰らうグールとなる。
強い抵抗力を持ちながらも一気に魔力を取り込んで魔物化すれば、理性は残るが、やはり人を喰らわずには居られない吸血鬼と化す。
これは魔力によって欠損した人の部分を、本能的に外部から求める為だろうと推測された。
でも元々の抵抗力を持つ者が己を鍛え続けながら、抵抗力を強めながら魔力の強い土地で過ごしたり、魔物を殺す事で少しずつ魔力を取り込んで言った場合は、魔物化しても人である部分を欠損せずに超越者になると言う。
「東の大陸ではグールを屍鬼、吸血鬼を悪仙、超越者を仙人と呼んでね。仙人になる為の修行を積む見習い、道士は結構いるんだよ。まぁ報われるのはほんの一部だけどね。フィッケル君なら、北の大山脈に二、三十年程こもれば至れる可能性は高いと思うよ」
そんな風に言うユーパ・ミルドの言葉に、多分嘘はないのだろう。
……だけど、それでも彼が全てを話してくれているとは限らない。
「そして問題はグールじゃなくて吸血鬼の方でね。これはアーバドゥーンと同じく、大陸を滅ぼし得る魔物だ。フィッケル君の見付けた術式が広まればその発生に繋がるから、どうしても秘匿しなきゃならない」
あぁ、成る程。
それが僕に人の魔物化を教えてくれた理由で、ユーパ・ミルドが僕を斬らなきゃならないと言った理由か。
けれども当たり前の話だが、彼が本当に僕を斬り捨ててしまう心算なら、こんな説明をする必要はない。
それにそもそも僕がこの術式を見付けたのは、ユーパ・ミルドから受けた依頼で辿り着いた霜の巨人の神殿だ。
誰が悪いのかと問うならば、間違いなく彼が悪いだろう。
「そうだね。だから私としてはフィッケル君には秘匿に協力して欲しい。その対価として、私も君に協力出来る事は協力しよう。私は、そう、剣に関してならちょっとした物だよ?」
……いつの間にか条件が、僕が術式を秘匿する事じゃなくて、僕が術式の秘匿に協力する事に変わってる。
しかしまぁ、それ位が妥当な案だろう。
僕だってその吸血鬼とやらに大陸が滅ぼされて、妻や子を喰われてしまうのは嫌だ。
だけど僕の悩みは何も解決してないどころか更に大きな秘密を持たされてしまって、世の中とは本当に儘ならない。
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