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 何故こんな事になってしまったのか。

 ギャラギャラと言う車輪の回転音に耳を傾けながら、僕は戦車の上で首を傾げる。

 観戦している時は馬の足音に掻き消されてしまっていた車輪の音が、こうして戦車に乗ると足元から伝わる振動と共に実に良く耳に届いた。


「すまなかったって。だってよ、こうするのが一番手っ取り早く、真っ当に収まるだろ?」

 物思いに沈んだ僕を見て、不機嫌になったとでも思ったのか、御者を務めるクローム・ヴィスタは宥める様な口調でそう言う。

 いやまぁ、僕だって別に怒ってる訳じゃないのだ。

 確かに彼の言う通り、このやり方が一番穏便に事が済む。

 言葉の裁きや剣での決闘でなく、その場に応じた娯楽での決着に話をすり替えるなんて方法は、僕には出て来なかった発想だった。

 だから僕はクロームに助けられたと言っても、過言ではない。

 ただ単に、今の状況に頭が付いて行かなくてまだ少し混乱してるだけである。


 ……でもまぁ、助けられたと思うのなら、まず礼を言うのは確かに必要だったか。

「あぁ、いや、怒ってないよ。寧ろ助かったさ。ありがとう、クローム」

 僕の言葉に、クロームはこちらを振り返ってニヤリと笑む。

 いやいや、ちゃんと前を見て運転して欲しい。

 幾らまだレース前に戦車競技場を流す様に軽く走って観客にアピールする段階とは言え、それなりの速度は出てるから御者に後ろを向かれるのは恐怖以外の何物でもないのだ。


「いやでも嬉しいぜ。まさかフィッケル兄さんをオレの戦車に乗せる機会が来るなんてさぁ」

 そんな風にクロームは言うが、僕だってまさかヴィスタ伯爵家が戦車レースに参加してるなんて思いもしなかった。

 尤もヴィスタの名を持つ者が戦車を駆る事は、実は不思議でも何でもない。

 今の時代ではレースでしか必要とされぬ戦車の御者技能も、ヴィスタ派が教える技術の一つだ。


「でも闘士役の人には悪い事をしたね。素人と交代する羽目になるなんて」

 僕は渡された闘士用の、槍に見立てた長い棒を持て余しながら溜息を吐く。

 要するに闘士とは、戦車の後ろに乗って戦い、他の戦車の妨害をする役割だった。

 勿論それは御者に比べれば重要度は低い役割だが、だからって安易に素人に任せて良い物じゃないだろう。


 だけど僕の謝罪に、クロームは今度は振り返らずに首を横に振る。

「フィッケル兄さん、アイツを、ヴィスタの名前を舐めちゃあ駄目だぜ。ヴィスタが御者を務める戦車にファウターシュが乗る。その意味はフィッケル兄さんだって知ってるだろ。常勝無敗だぜ? だったら快く譲らねぇ筈がないのさ」

 そして誇らしそうに、そう言った。


 ……いやぁ、でもどうなのだろうか。

 あの故事はどうやらヴィスタ家には誇らしい事として伝わってる様だけれども、ファウターシュ家では別にそんな事はない。

 と言うのもその故事とは、ファウターシュ家の英雄であるルッケル・ファウターシュが、実は馬に乗るのが下手くそだったって話だからだ。

 寧ろ馬以外にも、剣を振る以外には色々と不得手の多い、不器用な人物だったとされてる。


 だが戦場では基本的に歩兵を率いたルッケル・ファウターシュだが、時には機動力を必要とされる局面も当然あった。

 そんな時にはルッケル・ファウターシュは戦車に乗り込み、その御者を務めたのが副官であったマローク・ヴィスタであったと言う。

 またそうして戦う時のルッケル・ファウターシュは常勝無敗だったそうだが、その理由もマローク・ヴィスタだ。

 何故なら指揮においてもマローク・ヴィスタは才を示し、巧に軍団を操ったそうだから。

 ファウターシュ家に伝わる手記には『マロークと出れば戦車に乗ってるだけで良いから実に楽』なんて意味の言葉も残されてる。


 流石にそれを誇りに思うのは、ファウターシュの一族としては難しい。

 でもそれを、嬉し気にしてるクロームに言うなんて事は、当然出来やしなかった。

 まぁせめて今から行われるレースでは、ルッケル・ファウターシュの様に置き物でなく、素人なりに闘士役を頑張ろうと思う。



 観客へのアピールも終わり、四台の戦車がスタート地点に並んで止まる。

 一台がヴィスタ家、もう一台がデュラサス伯爵家の戦車だが、後の二台はそれぞれ他の貴族家と豪商が保有する戦車だった。

 それぞれが互いにレースの一着を目指す競争相手ではあるけれど、……結託してこちらを潰しに来る可能性もなくはない。

 僕は彼等に繋がりがなく、デュラサス伯爵家は当然の様に繋がりを持っているからだ。

 それが要請があった上での協力か、繋がりに忖度した結果の自主的な協力かはさて置き、最悪の事態は常に想定してた方が無難である。

 勿論真っ当に、それぞれが一着を目指して競い合う可能性もあるけれど、最初からそれを期待するのは愚かしい。


 さて、ここで問題となるのは、僕は一体どこまでやって良いのかと言う事だ。

 仮に勝利だけを目的とするなら、他の戦車を魔術で全て吹き飛ばせば良い。

 だけどそんな結末なんて、クロームを含むこの場の全員が認めないだろう。


 魔術師とは、戦車レースと言う競技自体を前提から破壊し得る劇物である。

 尤も、揺れる戦車の上でまともに詠唱を行える魔術師が一体どれ程に居るのかと言うのは、また全く別の話だ。

 人はその行為の難しさよりも、効果にばかり目が行く生き物だから、それを訴えても仕方がない。

 なので大規模であれ小規模であれ、攻撃魔術の類は使用しない方が無難だった。


 他に使える手札は補助用の魔術に、霜雪の剣、それからミルド流の、魔纏の剣辺りか。

 否それも、攻撃魔術と同じく戦車レースで使うべき物かどうかは、些か判断が難しい。


 既にスタート前のカウントが始まった。

 最後にもう一度、戦車に積まれた装備を確認する。

 今僕が手に持つ槍の代わりの長い棒に加えて、戦車の側面には両側ともに大きなラウンドシールドが備え付けられていた。

 ついでに投げ槍代わりに投擲するのであろう短めの棒が片側に三本ずつと、木剣が一本、つまり六本と二本だ。

 また車輪の中央から伸びる長い突起は、敵の車輪を破壊する為の物だろう。


 他はさて置き、木製であっても剣があるのは有り難い。

 僕は木剣を一本引き抜いて、腰のベルトに突っ込んで差す。

 ただそれだけで、安心感と気合の入り方が随分と変わる。


 そしてカウントが終わるや否や、四台の戦車は一斉に、まるで弾け飛ぶかの様な勢いで駆け出した。

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