6-5
だが悪い予想と言うのは当たる物で、問題が起きたのは振る舞われた昼食の席での事だった。
「あぁ、フィッケル卿! 貴方には一度お会いして、どうしても訪ねてみたいと思っていました。何故貴方ほどの方が、あの様に卑劣な剣を振うのです!」
その僕と同年代に見える若い男は、僕と出会って開口一番にそう言い放つ。
勿論、僕はその男に見覚えはなく、あまりに失礼な物言いに思わず口の中の物を咀嚼する事すら忘れそうになる。
しかも相手は僕に対して名乗りもしてない。
「初めて貴方の話を聞いた時には、期待に心躍らせました。僅か十二歳にして、あのバーゼル教官から一本を取った俊英が居ると。それがファウターシュ侯爵家の秘蔵っ子だと」
男は何やら語り続けて居るけれど、僕としては一度口に含んだ物を吐き出す訳にも行かないので、仕方なくモグモグと咀嚼を続ける。
しかしそれにしても美味い。
今食べてる肉は肥え太らせたガチョウの肝で、滅多に食べれぬ御馳走だ。
主催者が招待客に振る舞う食事はその催しの格を表す為、それなりに張り込むのが普通ではあるが、デュラサス伯爵の力の入れ様は相当な物と感じる。
……出来れば雑音がなければ、もっと食事を楽しめるのだが。
「貴方の冒険も見事な物だ。魔術等と言う道に走ったとは言え、誰もが恐れる北の大山脈に踏み入り、それを踏破した。正に英雄的な行いと言える」
ごくりと飲み込み、溜息を吐く。
本当は次の肉切れに手を伸ばしたい所ではあるけれど、流石に無視し続けるのはマナー違反になるだろう。
いやまぁマナー違反と言えば、眼前の男の方が余程にマナー違反ではあるが、周囲から漏れ聞える声から察するに、どうやら彼はデュラサス伯爵の次男らしい。
確か、そう、デュラサス伯爵の次男と言えば近衛隊に所属していた筈。
つまりはミルド流の近衛派に属していると言う訳だ。
だったらミルド流のファウターシュ派の教官であるバーゼルを知っている事も頷けるし、僕に対して向ける敵意もわからなくはない。
デュラサス伯爵や近衛隊は彼に一体どう言った教育をして来たのか疑いたくはなるけれども。
「多くのミルド流の剣士がその活躍を喜び、貴方に憧れた筈だ。私だってそうだった」
まぁ、主催者であるデュラサス伯爵の家族であるなら、彼もまた主催側だ。
食事の振る舞いを受けている以上、僕は彼と話をする義務がある。
……だけどデュラサス伯爵の次男の一方的な語りはもう少し続きそうなので、僕はゴブレットの葡萄酒を口に含む。
でもそれにしても、実に大袈裟な物言いである。
「なのに何故、あんな邪剣を生み出した! 答えろ! フィッケル・ファウターシュ!!」
向こうから、騒ぎを聞き付けたデュラサス伯爵と思わしき恰幅の良い男性が、のしのしと急ぎ足でこちらにやって来る。
さて、一体僕はどうしようか。
驚く位の失言の数々に、呆れて物も言えないけれど、黙っていればデュラサス伯爵がこの場を収めてしまうだろう。
それは短期的に、この場を無事に終わらせる事だけを考えるなら、何も喋らずにデュラサス伯爵に任せてしまうのが一番だ。
主催者であるデュラサス伯爵は、面子を丸潰しにされてる状態だった。
何せ自らが招待した客を、息子が勝手に罵倒しているのだ。
こんな状況を放置すればデュラサス伯爵の名声は地に落ちる。
故にデュラサス伯爵は息子を厳しく罰し、僕に謝罪を行うだろう。
後は僕がその謝罪を受け入れれば、デュラサス伯爵は多少白い目で見られる事はあろうが、取り敢えずの面目は保てる。
それでこの場は収まり、デュラサス伯爵と僕の関係は妙に拗れずに済む。
但しその分、近衞派と僕の、霜雪の剣の関係は間違いなく悪化する。
何故なら近衛派にとっては、自分の所に所属するデュラサス伯爵の息子と僕が揉め事を起こし、父であるデュラサス伯爵が面子の為、一方的に息子を裁いた形になるから。
例え僕が全く何も言葉を発さず、非が全くない状態でも、近衛派は敵意を募らせる筈。
この様子だと、デュラサス伯爵も自身の息子の暴走は予想外だったに違いない。
恐らくは僕と話をしてみたいとでも言われ、そのままの意味で受け取ってしまったのだろう。
……これもう本当にどうしようか。
とてもしょうもない話なのに、その結果はとても面倒臭い。
丸く収める為に僕が寛容な言葉を吐いたところで、デュラサス伯爵の息子がそれに応じて場を収めるとは思えなかった。
それに自分が扱う剣技を邪剣とまで言われて安易に許せば、誰からも侮られる事になるし、そもそも僕の気持ちが収まりそうにない。
いっそ決闘でも申し込んで斬って捨ててしまおうか。
ちらりとそんな思考が頭を過ぎる。
でもそんな事をすれば近衛派だけでなく、デュラサス伯爵から深い恨みも買うだろう。
例え一方的に非があったとしても、子を殺されて恨まぬ親は居ない。
八方ふさがりの、どうしようもない状況だった。
けれども、その時だ。
「待ちな、デュラサス家の次男坊! 邪剣とは聞き捨てならねぇな。その発言は負けた近衛隊の二人や、正々堂々と戦ったオレの兄貴の名誉を汚す物だ。ふざけんじゃねぇぞ?」
偉くドスの効いた声が、傍らより上がる。
全く以って予想外の声に、驚きと共にそちらを見れば、……そこに居たのはどこか見覚えのある様で、心当たりのない男だった。
彼の物言いから察すると、その兄貴とやらもミルド流の剣士だろうか?
だとすれば、あぁ、そう言う事か。
「テメェの言葉は言いがかりを越えた侮辱だ。叩き切られても文句は言えねぇぜ。寧ろオレが斬ってやりてぇ。だがそれをすれば皆が楽しみにしてる午後のレースが台無しだ」
デュラサス伯爵の息子も予想もしなかった横槍の、あまりに強い勢いに物も言えずに目を白黒とさせている。
僕が御前試合で戦ったミルド流の剣士は、三人。
二人は近衛派で、残る一人は僕が負けたヴィスタ派の槍使い。
……槍使いを剣士と呼ぶのはどうかと思うが、それはさて置き、その槍使いこそがヴィスタ伯爵家の嫡子であるロマート・ヴィスタで、今、目の前で吠えてる彼はその弟の、クローム・ヴィスタだ。
「だからよ。決着を付けるなら、戦車で付けようぜ。どうせオレは午後のレースに出る予定だったんだ。オレの後ろに乗ってくれよ。なぁ、フィッケル兄さん」
昔、ヴィスタ伯爵家の一家がファウターシュの本家を訪れた際、或いは逆に僕等がヴィスタ伯爵家を訪ねた際、僕を兄さん兄さんと呼び、ちょろちょろと後ろを付いて来た二つ年下の少年が居た。
その少年がまさかこんな狂犬みたいな男に成長しているなんて夢にも思わなかった僕は、一瞬その言葉の意味を把握しかねてしまう。
そして次の瞬間、どうやら僕が戦車レースに参加するらしいと察した周囲の招待客達が、ワッと歓声を上げる。
「い、良いだろう。ならば私も我がデュラサス家の戦車に、闘士として騎乗して御相手しよう!」
すると周囲の勢いに圧されたデュラサス伯爵の息子もそう答え、それはもう、今更否定のしようがない決定事項になってしまった。
事の展開に付いて行けない、呆然とする僕を置き去りにして。
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