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 霜雪の剣を学ぶ弟子達は少しずつだが着実に成長し、霜の巨人の存在も広く知られる様になった。

 また僕の個人的な話にはなるが、三歳になった双子の子供達は可愛いし、妻も可愛い。

 今は妻のお腹の中に三人目の子供が居るけれど、その子もきっと可愛いだろう。

 つまり僕の人生は、今、とても順調だ。


 ……けれどそれでも、万事全てが上手く行くと言う訳には中々行かない。

 僕、フィッケル・ファウターシュの個人的な生活が順調であっても別に他人への影響は殆どないが、霜雪の剣と言う新たな流派が名を上げて注目されれば、どうしても元からあった流派は面白くないだろう。

 そして当たり前の話だが、その元からあった流派とはミルド流の事である。

 何せそれまで魔力を用いた剣技と言えばミルド流の独壇場だったのだから、彼等が霜雪の剣を目障りに思わない筈もなかった。


 但しミルド流と一口に言っても、そこに属する全ての剣士が僕に、霜雪の剣に対して敵対的と言う訳では決してないのだ。

 そもそも今現在のミルド流は、四つの派閥に大別できる。

 この帝国にミルド流の名を知らしめ、広める切っ掛けを作ったのは間違いなくルッケル・ファウターシュだが、彼の弟子達はそれぞれが様々な立場で後進に剣を伝えた。

 その立場の違いが、二百年の間に複数の派閥として膨らんだのだ。



 その派閥の一つ目は、当然ながらファウターシュの一族や、ファウターシュが構えた剣の道場でミルド流を学んだ剣士からなる最大派閥。

 ルッケル・ファウターシュから伝えられたミルド流をそのまま今も伝えるのが、このミルド流のファウターシュ派だった。

 要するに僕の実家である。

 僕がファウターシュ侯爵家の、本家の出身である為、ファウターシュ派からの霜雪の剣に対する敵意は殆どない。

 寧ろ僕がファウターシュ男爵として神殿の管理をし、霜雪の剣を編み出した事を祝福する風潮すらあるんだとか。


 まぁ彼等の中では、霜雪の剣は他の派閥の様にミルド流の分派だとの見方が強いのだろう。

 実際、僕が幼少の頃から学んだ剣はミルド流である為、霜雪の剣の基礎はどうしてもミルド流と同一である。



 次に二つ目が、帝都の近衛隊所属者や、近衛隊を除隊した剣士を師として学んだ者達からなる派閥、近衞派だ。

 この派閥の祖となったのは、ルッケル・ファウターシュの弟子の一人にして、近衞隊長を務めた忠臣、オースティン・クローツ。

 しかしオースティン自身は純粋なミルド流の剣士だったが、この当時はまだミルド流を修めた剣士は数が少なく、近衛隊所属者の殆どは他の流派を学んでいたらしい。

 故にオースティンは自らが学んだミルド流を周囲に押し付ける事はせず、近衛隊所属者達と対等な立場で技術交流を行う事で、近衛隊独自の物と言って良い剣技を完成させた。

 これがミルド流の、近衛派と呼ばれる派閥の始まりである。


 さてそんな近衛派だが、霜雪の剣に対する警戒心は非常に強い。

 近い将来、霜雪の剣を学んだ剣士が近衛隊に所属するだろう事がほぼ確実だからだ。

 すると近衛隊の定員は決まっているから、その分だけミルド流の近衞派が占める枠が減る。

 誉れが高く給与などの待遇にも恵まれる近衛隊員と言うパイは誰だって独占したいから、それを奪い合う関係になる霜雪の剣とミルド流の近衞派に折り合う余地はない。


 また僕が御前試合で霜雪の剣をお披露目し、見事に勝利した相手も、ミルド流の近衞派の剣士が二人だった。

 霜雪の剣、凍魔を使い、魔纏の剣の魔力を吸って、剣ごと相手の腕を凍らせて勝利したのだ。

 そりゃあ、警戒されない筈がないだろう。


 尤もそれでも、霜雪の剣と近衞派の関係は本格的な敵対にはならなかった。

 その理由は、霜の巨人を神に準ずる存在として認め、僕をその神殿の管理者に任命したのが、他ならぬ皇帝陛下だからだ。

 近衛隊は皇帝陛下の為の近衛隊であるが故に、近衛派がその意思に背いて霜雪の剣と敵対する訳には決して行かない。

 仮に近衛派から何かをされるとしても、恐らくは嫌がらせか牽制辺りが精一杯である。



 では三つ目だが、これをミルド流の派閥の一つとして数えるのが正しいかどうかは、個人的には首を傾げざるを得ない。

 何故ならその派閥の名前は、ミルド流のヴィスタ派だからだ。

 このヴィスタ派の祖となったのは、ルッケル・ファウターシュの親友にして義弟となったマローク・ヴィスタ。

 ファウターシュ侯爵家の右腕とも称されるヴィスタ伯爵家を興した人物だった。

 つまりファウターシュ派とヴィスタ派は、身内も同然の関係と言えるだろう。


 だがヴィスタ派はファウターシュ派の一部と言う訳では決してない。

 と言うのもヴィスタ派は、ミルド流を名乗るにも拘らず剣を一切使わないからだ。

『剣を学びたければファウターシュへ行け。それ以外が学びたいなら此処へ来い』

 ……と言うのがヴィスタ派の掲げる看板だ。

 実際、ヴィスタ派が扱う武器は槍、戦槌、弓、斧、投網や鎖等と実に幅広い。

 それに加えて武器ではないが、拳闘や組み投げの技も教えていると言う。


 ついでに言えば、ヴィスタ派の祖であるマローク・ヴィスタは、ルッケル・ファウターシュからミルド流を学んだ事はないそうだ。

 これはファウターシュ侯爵家に伝わる手記にもハッキリと記されていたが、マローク・ヴィスタはルッケル・ファウターシュと行動を共にする間に、見てミルド流を、そして魔纏の剣を覚えたとか。

 実に眉唾な話だけれど、紛れもない事実らしい。

 マローク・ヴィスタはルッケル・ファウターシュから万能の天才と称される程にどんな物事も器用にこなし、複数の武器をどれも遜色なく扱えたとされる。


 そんなヴィスタ派だが、彼等が霜雪の剣を警戒したり、敵視する可能性は非常に低い。

 そもそも扱う武器が被らないし、僕自身がヴィスタ伯爵家とはそれなりに繋がりを持っている。

 加えて御前試合の決勝で、僕が敗北した相手がこのヴィスタ派の槍使いなのだ。


 再び剣の修練を始めたとは言え、人間相手の実戦経験が不足している僕は槍の間合いに惑わされ、手も足も出ずとまでは言わぬまでも、翻弄されて敗北を喫した。

 まぁ悔しい話ではあるが、それ故にヴィスタ派は霜雪の剣に対する隔意を持つ理由がない。

 僕とてあの敗北をそのままにしておく心算はないけれど、取り敢えず今はそれで善しとしよう。



 最後の一つの派閥は、……これも派閥と呼ぶには少し微妙だが、先に語った三つの派閥に属さないミルド流を名乗る者達だった。

 その大元は嘗てルッケル・ファウターシュが指揮した軍、剣闘軍に所属した者達だとされる。

 剣闘軍でルッケル・ファウターシュからミルド流を学んだ者達が、退役後に各地に散って弟子を取り、自分が得た技を伝えたのだ。

 故にその技を受け継いだ者達をミルド流の剣闘派と呼称する、実際には派閥を名乗れる程の纏まりはない。


 また剣闘士軍に所属していたのは大半が元剣奴や平民だったので、魔力を保有していた者は殆ど居らず、当然ながら彼等には魔纏の剣は伝わっては居なかった。

 更にその質も千差万別で、比較的しっかりとミルド流の技を受け継いでる者も居れば、剣闘士が箔を付ける為に習った事もないミルド流を名乗っているだけの場合もある。

 尤も実力もなくミルド流を名乗ってその名を汚し、貶める者は、……大抵が長生きをする事はない。

 剣の腕と流派の名声を頼りに飯を喰う彼等は、その名の価値を落とす者に対して本当に容赦がないのだ。


 霜雪の剣の名が知れ始めた事は、そんな彼等に危機感を抱かせるには充分に足る。

 勿論彼等とて僕のファウターシュの名や、霜の巨人と言う存在を畏れ、そう簡単にこちらに手出しはしないだろう。

 だが少しずつ不満、鬱憤を溜め続ければ、それが何かの切っ掛けで燃え上がる時も来るかも知れない。



 だから今、僕が気にすべきはミルド流の中でも近衛派と剣闘派の動きだろう。

 或いはその他にも霜雪の剣が名を上げる事に不満を持つ誰かは居るかも知れないが、全ての把握は不可能だし、木端までは気にしてられない。


 最近、僕は実家の父であるファウターシュ侯爵や二人の兄、またはヴィスタ伯爵家の当主等との手紙のやり取りが増えた。

 それは近衛派や剣闘派に動きがあった時に知らせて貰う為であり、対立が深刻化した時には仲裁して貰う為でもあった。

 派閥があるとは言っても、ファウターシュ派も近衛派もヴィスタ派も剣闘派も、結局は同じミルド流だ。

 ファウターシュの一族から近衛隊に入る者だって居るし、地方でミルド流を学んだ強者が、帝都にやって来てファウターシュの道場を訪れ、より本来の形に近いミルド流を学ぼうとする事だってある。

 その様にそれぞれの派閥間で行われる交流は、決して浅い物ではない。


 故に近衛派や剣闘派に感化されてミルド流の全体が霜雪の剣と対立してしまう可能性も、父や兄がファウターシュ侯爵家、つまり本家の当主である間はないにしても、数十年後にはわからなかった。

 なので僕は今からでも、そんな未来が訪れない様に根回しを行い、もしくはミルド流と霜雪の剣が対立してしまっても、一方的に潰されはしない様に流派の地力を増す必要がある。

 まぁこう言った政治力を試される様なやり取りはあまり好きじゃないし、少しも得意じゃないのだけれど、それが弟子達や僕の子等の未来に影響を及ぼすのなら、好き嫌いは言ってられない。

 残念ながら世の中には、剣を振り回して敵を倒したり、魔術で纏めて吹き飛ばしてもどうにもならない事の方が多いのだから。

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