6-2


 いやまぁ異物とは称したが、別にユーパ・ミルドだって勝手に弟子達に混じってる訳じゃない。

 本当に何故だかはわからないけれど、御前試合が終わった後、他の入門希望者と一緒に弟子入りしたいと申し込んで来たのだ。

 せめて一人で来てくれていれば、僕だって即座に断って、何ならその場で試合を申し込む位の事はしただろう。

 しかし他の入門希望者と一緒に来られては、一人だけ、理由も告げずに断ってしまっては周囲に不信を抱かれる。


 また一度受け入れてしまえば、清掃等の奉仕作業も率先してやるし、剣で悩みを抱える他の弟子にはさりげなくアドバイスをする等して、あっと言う間に融け込んでしまった。

 僕に物凄い違和感とやり辛さのみを残して。


 ……まぁ、それから一年も経っているのだから今更の話だ。

 新しい術理の剣技に興味があったのだろうけれど、満足すればそのうちに去るだろう。

 そう考えれば、あのユーパ・ミルドが霜雪の剣に興味を持ったと言うのは、寧ろ誇らしい事である。


 それはさて置き、物思いに耽っていて弟子達を待たせても悪いので、僕は用意された篝火に魔術で炎を灯して行く。

 今の弟子の中には濃い魔力を込めた炎を灯せる者は居ないから、こればっかりは僕の仕事だ。

 すると篝火の前に並んだ弟子達が、一人ずつ燃え盛る炎に向かって剣を振る。

 これは霜雪の剣を象徴する事になるであろう一つ目の技、『凍魔』の訓練だった。


 でも彼等の繰り出す一撃は、そのどれもがただ炎を揺らめかせるだけに終わってしまう。

 尤も、今その訓練を行っているのはまだ凍魔を発動させた事がない弟子達だから、失敗するのも無理はない。

 そして僕には、弟子達が凍魔の発動に失敗する理由もわかってる。


 それは別に技術的な問題ではないのだ。

 正しい手順を踏み、魔力をキチンと発していても、それでも何も起こらない。

 その理由は明白で、何故に何も起こらないのかと言えば、剣を振う弟子達自身が、その成功を信じてないから。


 彼等が信じられないのは師である僕じゃなく、また力を借りる霜の巨人でもなかった。

 だって同じ様に剣を学ぶ幾人かは、既に凍魔の発動に成功している。

 けれども一度『魔纏の剣』の習得に挫折し、周囲からの扱いに鬱屈とした思いを抱えた彼等は、自分自身がどうしても信じられない。

 だがそれは、僕が指摘した所でどうする事も出来ない問題だ。

 彼等自身が、自分を信じれる様になるまで修練を積み、奉仕を積むしか方法はないだろう。



 ……ただ今日は、篝火の前で剣を構えた弟子の一人が、昨日までとは目が違った。

 彼の名前は、ロマート・スコルネア。

 確か騎士の家の三男坊で、魔力を用いた剣技を習得する事でどうにか身を立てたいと願う青年だ。

 因みに年齢は僕より一つ上の……あぁ、違う。

 二つ上の二十五歳に、今日成った筈。


 一つ歳を重ねた事が理由だろうか?

 それとも恋人に背中を押されたのだろうか?

 何れにせよ、今日のロマートには僕の注意を引くだけの意気込みがあった。


「霜の巨人よ、我が剣に御身の加護を!」

 言葉と共に、ロマートが魔力を発する。

 詠唱の言葉が祈りのそれに近いのは、霜の巨人が力を貸してくれると、技を振う剣士により強く信じ込ませる為だ。

 理屈を重視する魔術師ならもっと具体的な効果を指示する文言を選ぶだろうが、魔術的な知識に乏しい剣士に使わせる技なのだから重要なのはそれを補える信じる心、つまりは信仰心だった。

 細かな効果は、強いイメージを持てば良い。


 そして裂帛の気合と共に振るわれた刃は炎の中を滑る様に通過した。

 剣を振り切ったロマートの姿を見て、誰もが凍魔の発動は失敗したと、そう思った事だろう。

 でも、そうじゃない。

 だって刃が通り抜けた炎が、ピタリと止まって揺らめいていないから。


 ピキピキと、音が鳴る。

 ゆっくり、ゆっくりと、音と共に炎がそのままの形に凍って行く。

 氷はどんどんと広がって、やがては炎だけじゃなく、篝火の台座までもが完全に凍り付いた。


 パチパチと、僕は両の手を打ち鳴らしてロマートの成長を称える。

 途端にワッと、周囲から歓声の声が上がった。



 霜雪の剣、凍魔は、霜の巨人と言う魔術概念が成していた超大規模魔術、凍える夏を極小の規模に落とし込んだ剣技だ。

 具体的な効果は、魔力を吸って氷に変える。

 凍える夏が、帝国本領の魔力を吸い取り、大規模な寒波に代わるのと同じ様に。


 尤もロマートの凍魔は発動が遅く、剣を振り切った後に炎が凍ったが、本来ならば篝火の炎を凍らせながら斬り進み、真っ二つにするのが正しい結果だった。

 まぁロマートの凍魔を採点するならば、三十点から四十点と言った所か。

 だけど一度でも発動さえしたならば、それは確実にロマートの自信となり、後は繰り返し修練をと奉仕を積めば、やがては完全な形で凍魔を繰り出す事も叶うだろう。


 ロマートに向けられる視線は様々で、ただ素直に称賛する者、羨まし気な者、次は自分だと意気込む者。

 いずれにしても、誰か一人が成功すれば、皆が自分にだってと希望を持つ。

 それはとても良い流れだ。


 けれどもそんな輪の向こう側で、一人の少年が称賛も嫉みも諦めも混じった、とても複雑な目をロマートにではなく、その輪に向かって向けている。

 その少年の名はキュレーロ。

 パン屋の次男で、帝国市民の十四歳。

 彼は貴族ではなく、魔力も持たない。

 でも剣に秀でれば長男の下でパン屋の下働きとして一生を終える事なく、帝都を守る兵士の道が選べるからと、僕に剣を教えて欲しいと頼み込んで来た子だった。


 キュレーロはとても熱心に剣を学んでる。

 ……しかしそれでも彼が、霜雪の剣、凍魔を習得する事は決してない。

 勿論それは、キュレーロだって最初からわかっていた筈だけれど、それでも複雑な気持ちを抱くのだろう。

 持たざる者だった事がない僕には、想像する事しか出来ないけれども。


 それは僕にだってどうにも出来ない……、あぁ、否、もしかすると霜の巨人と言う魔術概念の研究が進めばどうにかなるのかも知れないが、まだ目途は立ってない。

 そしてそれをしてしまって良いのかも、僕には到底判断が付かない。


 キュレーロを見詰めて思案する僕を、弟子達の間からユーパ・ミルドがジッと見詰めていた。

 そう、まるで監視をする様に。


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