凍える剣と人の見る夢

6-1


 僕が管理する霜の巨人を祀る神殿の朝は早い。

 まだ薄く靄の掛かる暗い早朝から、霜雪の剣を学ぶ弟子達が神殿の清掃を始めるのだ。

 石の床は箒で掃き清められ、石柱や霜の巨人の像は水と布で拭き磨かれる。

 そこに手抜きはあってはならない。


 僕、フィッケル・ファウターシュ個人としては、然程に潔癖な性質ではないので、多少の汚れがあろうと然して気にはしないのだが、こればかりはそう言う問題ではなかった。

 彼等が神殿の清掃を行うのは、とても重要な修行である。

 それも別に精神修養と言う意味合いでなく、霜雪の剣を振うにおいて重要な位置付けとなる、霜の巨人から力を借りる為の修行なのだ。

 故にこの清掃で手抜きを行えば、それは己の身にそのまま不利益として帰って来るだろう。

 その事に関しては因果関係を含めて念入りに説明してあるので、弟子達は清掃にとても熱心だ。


 少しだけ具体的に説明すれば、霜雪の剣が他の流派と違う所は、霜の巨人と言う魔術概念の力を借りて技を振う事である。

 しかしこの魔術概念の力を借りると言う行為は、誰が行っても等しくと言う訳では決してない。

 例えば僕は魔術師として、『冷たき毛皮の魔狼』の魔術概念を利用して氷の上級魔術を行使できる。

 だがこの氷の上級魔術を行使する際、利用する魔術概念を『霜の巨人』にすれば、同規模の魔術をおよそ半分の消耗で行使が可能だ。

 そう、実にズルい。


 何故そうなるかと言えば、僕は霜の巨人を祀る神殿の管理者であり、霜の巨人を守護する戦士の筆頭だ。

 だから誰もが僕には霜の巨人の加護があると考えているし、僕だって霜の巨人は力を貸してくれると疑わない。

 つまりこの認識こそが、魔術概念をより効率良く利用するコツだった。

 僕が魔術師として、霜の巨人と言う魔術概念に対する研究の第一人者である事は、謂わば当然の話であろう。


 またこの魔術概念をより効率良く利用するコツは、僕にだけ作用する物では決してない。

 霜雪の剣を学ぶ弟子達は、霜の巨人を祀る神殿に所属し、早朝から労を厭わず奉仕を行う。

 その行為を知った者は当然、彼等は報われるべきだと考えるし、彼等自身だって尽した分だけ霜の巨人が見守ってくれると考える。

 そう言う認識が生まれるのだ。

 それは霜雪の剣を振う際、霜の巨人から力を借りる為にとても重要な認識だった。



 僕が御前試合で、優勝こそ出来なかった物の、決勝にまで進んで生き残ったと言う結果を出した後、霜の巨人を祀る神殿には幾人も弟子入り希望者がやって来た。

 彼等の多くは、ミルド流を学ぶもその象徴とも言える『魔纏の剣』を習得出来なかった者達だ。

 実はミルド流を学んだ剣士なら皆が使えるかの様に思われている魔纏の剣だが、実際にそれを振えるのは極一部に過ぎない。


 魔力さえ持っていれば保有量が少なくとも、つまり魔術師としての才に乏しくても扱える魔纏の剣は、そこだけを聞けば簡単な技の様に思えてしまう。

 しかしそれは大きな誤解である。

 当たり前の話だが、魔力保有量が少なくてもアレだけの効果を出せるなら、その分だけ他に必要とする物があるのだ。

 そしてその必要とされる物は、非常に緻密な魔力操作と、発動に対する強い意思。


 因みに魔纏の剣に必要とされる魔力操作の難易度は、広範囲に作用する上級魔術を行使する時のそれに匹敵する。

 近接戦闘を行いながら上級魔術の行使が可能な魔術師なんて恐らく殆ど居ないから、魔力操作に限って言えば、魔纏の剣を扱える剣士の方が巧みだろう。

 ましてやその魔纏の剣を進化させた閃火と言う技を操ったとされるルッケル・ファウターシュは、一体どれ程に魔力操作に長けていたのか。

 彼以降、その閃火を実戦で成功させた剣士は知られていない。


 まぁ、そんな例外の話はさて置き、故に魔纏の剣を習得出来なかったとしても、それは決して落ちこぼれであると言う事を意味しなかった。

 ……意味はしないのだが、でも魔纏の剣がどれ程に難しいかなんて事を理解しない者達からは、どうしても軽く見られてしまう。

 それに当人達も、折角魔力を持って生まれたのだからと、魔纏の剣に対すると言うよりも、魔力を用いた剣技に対する憧れは、そう簡単に捨てられない。


 だがそこに見せられたのが、御前試合の舞台で魔纏の剣に打ち勝った、魔力を用いた別の剣技。

 あちらならばもしかしてと、一縷の望みを託して人が集まったのも、まぁ至極当然の話であった。

 また僕は、そう言った者達が扱える様に霜の巨人と言う魔術概念を研究し、彼等を取り込める霜雪の剣を生み出したのだ。

 初級魔術を扱える程度の知識と魔力と、霜の巨人から力を借りれると確信出来るだけの真摯な奉仕こそが必要とされる剣を。



 だからこそ、僕は今朝も訓練用の剣を握って並ぶ弟子達の前で、内心大きなため息を吐く。

 いやまぁ彼等の大多数は別に問題ないのだ。

 僕が御前試合に出てから一年、つまり彼等が僕の弟子になってからも同程度の期間が過ぎたけれど、皆が真面目で熱心に訓練と霜の巨人への奉仕に励んでくれてる。

 幾人かはまだ拙くはある物の、霜雪の剣の技を扱える者も出て来た。


 それから少数ではあるけれど、魔力を持たないが剣を教わりたいと言って弟子入りした者も居る。

 勿論彼等だって問題はなかった。

 剣闘士だったり、パン屋の息子だったりするけれど、剣を学びたいなら歓迎だ。

 どうしてもそれが目立ってしまうが、魔力を扱うばかりが剣技じゃない。


 では一体何が問題なのかと言えば、そんな真面目に剣に打ち込む弟子達に当たり前の様な顔をして混じる、ユーパ・ミルドと言う名の異物だった。


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