5-9


 それからの事は、思い返せばあっと言う間に感じる。

 調査を終えて帝都に帰還した僕は、……あぁ、帰り道は行きよりもずっと楽だった。

 あの巨大熊の爪を、討伐の証拠として一枚剥がして持ち帰ろうとした所、強大な魔物の残り香を恐れて弱い魔物は襲って来なくなったのだ。

 まぁ逆に食料にする肉を手に入れる事が難しくなったし、両手持ちの大剣並に大きな爪を運ぶのは骨が折れたが、頻繁に襲撃を仕掛けられるよりは疲労が少なくて済む。


 そうして無事に帰還した僕は、大体予想通りの待遇で持て成された。

 霜の巨人は神としてではないが、それに準ずる存在と言う扱いで祀られて、その神殿の管理者に僕が任命される。

 また神殿の建設こそ、僕が帰還した後だったが、その資材の調達は既に完了していたから、やっぱり僕の想像はこれっぽっちも間違っていなかったのだろう。

 建設自体も急ピッチで進み、帝都の北の郊外に、大きな大きな神殿が僅か一年で完成した。


 でも一つだけ想定外だったのは、神殿の管理者、霜の巨人を祀る祭司としてのファウターシュ男爵家を僕が構える事になった際に、父であるファウターシュ侯爵が手を回して素早く縁談を纏めてしまった事だ。

 僕が気付いた時にはもう結婚相手が決まってて、貴族家の当主ならば跡継ぎを設ける為にも伴侶が必要だと言われてしまえば、断れよう筈がなかった。


 あぁ、いや、だけど誤解が無いように言って置くと、僕は結婚相手に、妻に不満があった訳じゃない。

 単なる惚気になるけれど、彼女は気立てが良くて僕を支えてくれて、容姿だって……可愛いと綺麗のちょうど中間位で言葉選びには困るけれど、整ってる。

 何よりも少しずつでも自分を磨く努力を怠らない女性だった。

 寧ろ不満がなさ過ぎて、僕が彼女に釣り合えているかどうかが不安になるのが強いて言うなら難点だろう。


 ただ少し、父の手回しが良過ぎて、子供扱いされたみたいで少しばかり悔しかっただけだ。



 神殿が完成してからおよそ一ヶ月後には、霜の巨人の目覚め、凍える夏は始まる。

 しかしそうなるとわかった上での神殿建設だったので、すぐさま皇帝陛下が凍える夏が終わるまでの減税と、貯蓄した食料の放出を宣言した為、混乱は殆ど起こらなかった。

 そして神殿完成からすぐに凍える夏が始まった事で、帝国人の中でも信心深い者達は霜の巨人が存在すると信じたのだろう。

 参拝者の数は徐々に数を増し、霜の巨人に対する新しい認識は着実に根付き始めてる。


 勿論、凍える夏を起こす霜の巨人に敵意を向ける人が皆無だった訳じゃないけれど、そう言った手合いも神殿にちょっかいを出して凍える夏が長引いたらと考えると、直接悪意をぶつけて来たりはしなかった。

 やはり凍える夏の期間が三年と、明確に提示されたのが良かったのだろう。

 苦しい時間も終わりの時が見えていたなら、人間は意外と耐えれる物だ。

 静かに、眠る様に、寒い三年と言う時は過ぎ去った。


 ……凍える夏が始まって二年目、僕が霜の巨人の神殿を見付けてからは三年目、僕と妻の間に子供が生まれる。

 男の子と女の子の双子で、双子で生まれたにも拘らず、幸いな事に二人の身体はとても丈夫だ。

 その年の寒さは、何故か去年よりも少し柔らかい様に思える。

 二人の子供の世話もあり、僕が剣を振り、魔術を研鑽する時間は少しばかり減ったが、それでも僕は満たされていた。


 さて、そんな風に凍える夏は予定通りに三年間で終わる。

 僕の古巣であった地脈調査科は、これから大忙しで帝国各地を飛び回り、土地の魔力保有量の情報を集めるだろう。

 彼等の集める情報は、次の凍える夏を予測する役にも立つから、僕にとっても決して無関係な話じゃない。

 残念ながら僕はもうその作業に携わる事は出来ないけれど、出来得る限りの支援は行いたいと思ってる。

 

 魔術師達からは人気のない地脈調査科の仕事だけれど、僕は決して嫌いじゃなかった。

 広い帝国の各地を巡る旅は僕の視野を広げてくれたし、地脈調査科の仕事で旅慣れ、魔物との戦闘慣れしていたからこそ、霜の巨人の神殿にだって辿り着けたのだ。

 魔導具を作成したり、呪いを防いだり、星を見て占う事も大事だけれど、地脈調査科の仕事だってもっと評価されるべきだろう。


 まぁそんな地脈調査科の支援を行う為にも、僕は自身が管理する霜の巨人を祀る神殿の価値を高めねばならない。

 凍える夏が終われば、霜の巨人と言う存在は徐々に人々の意識から薄れて行く。

 でもそうさせないのが、寧ろ平時においても霜の巨人の存在感を高める事が、今の僕の仕事だった。



 例えば、祭りと言う形で霜の巨人の存在を意識や話題に上らせるのは、非常にオーソドックスな方法だろう。

 帝国人は娯楽を非常に好むから、年に一度か二度でも祭りを行えば、霜の巨人の存在が忘れられてしまう事はない。

 だが帝国人には祭以上に遥かに好まれる娯楽があった。

 それは、そう、剣闘だ。


 僕が霜の巨人の神殿を見付けてから、僕の人生が大きく変化してから、僕が再び剣を熱心に振り出してから、五年目の春。

 帝都で行われる御前試合に、僕は出場を決める。

 推薦者は父であり、大貴族であるファウターシュ侯爵。


 但し僕の参加は、ミルド流の剣士としてではない。

 僕が剣技に、霜の巨人の力を借りる魔術を組み合わせて創設した、霜雪の剣を振う剣士としての参加だった。

 霜雪の剣は、霜の巨人を守護する戦士の剣だ。

 新たな剣技を振う戦士が御前試合で好成績を収めれば、霜の巨人と言う存在は、より強く帝国人の記憶に焼き付くだろう。


 とは言え当然、その技は誰かれ構わずに振るわれる物じゃない。

 御前試合には、魔力を持たずに己の身体能力と技のみを頼りに、各地の闘技場で勝ち上がって来た剣闘士も参加する。

 寧ろそう言った者が大半だ。


 最初に闘技場で魔力を必要とする剣技を振ったのはあのルッケル・ファウターシュだとされているが、彼は魔物や分厚い鎧を着込んだ相手、或いは同じミルド流の剣士以外にはその剣技、『ミルド流、魔纏の剣』は使わなかったと言う。

 それに倣ってミルド流の剣士には、己の身体能力と技のみを頼りに剣を振う相手には、同じく剣のみを頼りに戦うべしとの暗黙の了解があった。

 故に僕も、今回の御前試合で霜雪の剣を振う相手は、ミルド流の剣士のみと決めている。



 あれから僕は、一度もあのユーパ・ミルドと顔を合わせていない。

 恐らく彼は僕が弟子入りを断った以上、もう関わる必要はないと判断しているのだろう。

 あの依頼の報酬は、皇帝陛下から充分以上に与えられているのだから。

 でも僕には、ユーパ・ミルドと剣を交えてみたいと言う気持ちが、未だに胸の奥底に眠ってた。


 だからこそ僕の胸は高鳴ってる。

 僕の霜雪の剣が御前試合で、彼の創設したミルド流の剣士を下せば、ユーパ・ミルドは一体何を思うだろうかと。

 この霜雪の剣が、彼を再び僕の前に引っ張り出すに足る物かどうか。

 これは僕が欲し、僕が得意とする、強者への挑戦だ。

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