4-7


 雪風が吹き付ける。

 にも拘らず、誰一人として観客達は帰ろうとしない。

 その視線は、全て私に集中していた。


 私は足を踏ん張り、胸を張って、剣を地に突き、柄に手を置く。

 ここで終わりだ。

 退場すれば次の試合まで持たないどころか、もう闘技場を下りる力も残っていない。

 血は止まらず、刻一刻と私の命はすり減っている。

 私は真っ直ぐに、貴賓席の中央に座る、現皇帝アリアロスを見据えた。


「私の魂は、これより肉体を離れ、目覚めた霜の巨人に一太刀浴びせに参る。これを帝国に捧げる我が最後の忠節としたい」

 力はこれっぽっちも残ってないが、不思議と私の声は静かになった闘技場に良く通った。

 持って回った言い方をしているが、要するにもう私は力尽きますと宣言しただけだ。

 神話には、死した勇士は神に迎えられ、巨人や冥府に巣食う怪物と戦う事になるとされる。

 死んだ後まで戦いたいとはあまり思わないのだけれど、仮にそれが真実で、戦うべき相手がいるのなら、私はきっと剣を振うだろう。


「しかしまだ逝けぬ。私はまだ、我が陛下の願いを叶えていない。故にどうか、アリアロス皇帝の慈悲を賜りたい」

 頭は下げない。

 下げれない。

 それをすれば私は倒れて終わってしまう。

 だからひたすらに視線に思いを込めて、貴賓席の皇帝を見る。


 観客が、帝都の民が、固唾を飲んで私と皇帝を見詰めてた。

 皇帝が、席より立ち上がる。

「貴様の忠は最後まで我に向かわなかったが、それでも貴様は確かに帝国の英雄だった。認めよう。祖父と貴様の願い、クレイスは助命し、ファウターシュ家に預ける。皇位継承権は剥奪し、ローンダッツを名乗る事も許さぬ。ファウターシュの一員として帝国に害を及ぼさぬよう育てよ」

 遂に、私はその言葉を引き出せた。


 もう、大丈夫。

 これが死の淵で聞いた幻聴でないのなら、私は無事に務めを果たした事になる。

 ファウターシュ家には、あらかじめクレイスの受け入れは手配してあった。

 私が為すべき事は、全て終わった。


「アリアロス陛下の慈悲に、深い感謝を」

 慈悲を見せた現皇帝への敬意が、私にその敬称を使わせた。

 

 そして地を見る。

 私の流した、否、もっと多くの血を吸った、円形闘技場を。

 初めて闘技場に立った時は、ここで死ぬなんて思ってもなかった。

 仮にそうであるとすれば、未練に塗れて悔しんで死ぬのだろうと、思ってた。


 だけど今、私に心残りはあまりない。

 そりゃあ全くの皆無じゃないけれど、まぁ良いかと思える事ばかりだ。

 結局伴侶も子も作らなかったが、ファウターシュの一族は大勢増えたし、寂しい思いはしなかった。

 御前試合の制覇まで後二試合だけど、以前にも一度は優勝してるし、まぁ別に良いだろう。

 この吹雪で、後の試合が中止になる可能性も高いのだから。


 帝国はこれからも発展したり、或いは衰退するかもしれないが、私が生きてる間にだって物凄く色々な事は起きた。

 キュオースを始めとして、腕の立つ剣士、剣闘士も大勢誕生するだろうが、私だってそれなりに良い所まで行ったと思う。

 最強には至れずとも、上位一割以内に入れれば、それなりに満足するのが私という剣士だ。


 だからまぁ、うん、満足だ。

 空を見上げる。

 分厚い雲が覆っていたが、私の視線に応える様に、雲の切れ間から一瞬だけ陽光が差し込んで、私と円形闘技場を明るく照らす。

 ふぅっと、私の身体から力が抜ける。


 ……剣闘士として生きた僕、ルッケル・ファウターシュは、この波瀾万丈だった人生の終点に、辿り着いた。

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