4-6
「なんだよこれ。こんな戦い違うだろ……。何で倒れないんだ。今にも死にそうな爺さんなのに、どうして俺に付いて来れるんだよ……」
呟くキュオースに、私は苦笑いを浮かべるより他にない。
まぁそれだけの才を持っていると、そんな事もあるのだろう。
彼にとっての戦いとは、圧倒的な身体能力と才覚で相手を叩き潰すか、或いはアペリアの様に格上の存在にあしらわれるかのどちらかなのだろう。
だから綺麗な戦いにしかなりようがないし、それしか知らない。
それは見方によれば実に情けない醜態であり、経験不足の露呈であるが、師があんな人外に踏み出してしまった者ではそれも止む得ないと思う私がいる。
何故なら私も、似た様な者に師事していたから。
私は師事した期間が短かったし、その後は借金塗れになって泥臭い斬り合いをしたり、剣奴に落とされたりしたから幅の広い経験を積めたが。
さて、この若者にどんな言葉を掛けようかと少し思い悩み、ふと気付く。
雪が、チラチラと空を舞い始めていた。
頬にあたった季節外れの雪は、熱気に溶けて水となり、血に混じって地に落ちる。
あぁ、もう始まってしまうのか。
思わず毀れた溜息は、白い。
そして空が、唸りを上げた。
ぐぅぉぉぉぉぉと、巨大な音が空から降り注ぐ。
観客はどよめき、怯え、頭を抑えてうずくまる者さえいる。
「な、何なんだ?!」
それは円形闘技場に立つキュオースも同様で、先程までの同様に更に強い驚きが重なったのか、血にまみれた顔色が、それでも蒼白になっていた。
若い世代がそれを知らぬのも無理はない。
けれどもそれは、私にとっては忘れられぬ記憶だ。
「知らぬなら覚えておくと良い。これが季節外れの時期に目覚めてしまった、霜の巨人の咆哮だ」
チラチラと舞っていた雪は、次第に吹き荒れる吹雪に変わり始める。
このまま気候が悪化すれば、御前試合は中止になってしまうだろう。
あまり時間は残されていなかった。
「霜の巨人だって? そ、そんな物がいるもんか!」
キュオースはそんな風に言い返して来るが、彼に納得させてやる説明を行う時間が、今は惜しい。
別にその正体は何でもいいのだ。
単に風の音かもしれないし、どこかの誰かが帝国を呪ってこうなったのかもしれない。
だがそんな事はどうでも良くて、あの声は帝国に強烈な寒波を運ぶという事実だけが重要だった。
「ならば信じる必要はない。そう言い伝えられてるだけだからな。それよりも、続きだ。アペリアの弟子キュオース、お前の剣がどうして私を倒せぬか、教えてやろう」
大寒波は帝国の一部地域に甚大な被害を齎すが、しかし広大な版図と力を持つ帝国は、決して揺らぎはしないだろう。
そもそもの話として、恐らく帝国が拡大を始めたのは、或いは建国の経緯すら、時折訪れる大寒波に耐える為だったのだと、私は考える。
寒波の影響を受ける地域のみを国土とすれば、その影響は深刻で、国中で食糧不足となってしまう。
しかし今の帝国の様に暖かな南の地や、更に東西にも広く領土を持っていれば、食料の生産に滞りが出るのは国内の、ほんの一部の地域のみで済む。
故に寒波が起きる地に興った帝国は、拡張を是として広がったのだ。
私の実家であるファウターシュ領は、思いっきり寒波の影響を受ける地である。
以前の寒波の際には、領民を救う為にファウターシュ家は借金まみれとなり、その返済の為に私は剣闘士となった。
今回の寒波も、ファウターシュ領に大きな被害を齎すだろう。
だけど、決してその被害は深刻な物にはならない筈だ。
何故なら、私と同じく以前の寒波に苦渋を舐めた妹、マリーナ・ファウターシュ、もとい今はマリーナ・ヴィスタがまだあの地の治世に関わっている。
あの妹は、再び危機が訪れた時の備え、備蓄は決して欠かさなかったから、ファウターシュ領に心配は要らない。
だから私は残された時間を安心してキュオースとの戦い、或いは彼の指導に使える。
今は醜態を晒し気味だが、アペリアを思い起こさせたキュオースの才は、このまま腐らせてしまうにはあまりに惜しい物だから。
「剣が好きならば、剣を振い、腕を上達させる事は楽しかろうが、忘れてはならない。剣を振う事は、目的を達成する為の手段であり、それその物が目的ではないのだと。キュオース、お前に足りないのは、剣を振る先の目的だ」
剣とは、何かと戦い、その何かを殺す為の道具だ。
戦う事、殺す事が目的であり、その為の手段として剣は振るわれる。
子供が玩具にする木の棒の様に、振り回して満足感を得て終わりと言う訳じゃない。
剣を学んで自信を持ち、腕試しにと闘技場に挑んだ若者が、生きる為に無茶苦茶に剣を振り回すだけの剣奴に負けて殺される事なんて、以前の帝国では良くあった。
これが目的を持たぬ剣と、目的を持つ剣の差だ。
今日の晩飯を喰う金を手に入れる為でも良いし、妹を借金のカタに取られぬ為の金を求めてでも良いだろう。
必死になれる目的がある剣は、強い。
いやまぁ、それは剣に限った事じゃないけれども。
あのアペリアでさえ、人間である時は剣奴として生き延びる為に、或いはミダール族の置かれた状況を変えようと必死に剣を振っていた。
私だって借金を返す為、アペリアを止める為、我が陛下への忠節を示すという目的があったから、ここまで来れたのだと思ってる。
「今のお前にあるのは、強くなりたいという目的のみだろう。そしてそれは勝つ為の目的じゃない。だからお前は私に負ける。何故なら、この戦いは負けた方が、お前はより多く学べるからだ」
言い返せないキュオースに向け、私は再び剣を構える。
戦いの興奮故か、或いは血が抜け過ぎて痛覚が鈍くなりつつあるのか、動かす度に痛んだ肩も、今は私の動きを邪魔しない。
この言葉には、多少の詐術が入ってる。
内容に嘘偽りは一片もないが、自分は負けると思い込ませる為の言葉でもあるから。
「構えよキュオース。これが最期の攻防だ。これでも足りないと思ったのなら、後は帝都にいる私の弟子達に教えを乞え。彼等にお前程の才はないが、お前に何かを教えられる程度には仕込んである」
もしくはファウターシュ領にまで出向くなら、才すらキュオースに匹敵する者も居る。
義弟と妹の息子、つまりは甥と、更にその子等。
彼等とキュオースが出会えば、一体どんな成長が待つのか。
私が見れぬ未来に思いを馳せるのはきっと楽しいだろうが、しかし今優先すべきは、この戦いの決着だ。
剣とは、心、技、体で振る物だと、私は以前に化け物である師から聞いた。
キュオースの体は圧倒的だが、技はまだ多少未熟で、心は既に打ちのめされてる。
一方私は、体は壊れる寸前だが、心と技は充分に満ちていた。
それ故、恐らくは能うだろう。
魔力を刀身に圧縮させて、
「赤光、閃火」
私は剣を切り下ろす。
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