4-5


 初日の連戦と言う大きな山場を越えた事で、私は御前試合を何とか勝ち進んで居る。

 二日目には一回戦の残りが、三日目には二回戦が行われた為、既にどちらも初日に終わらせた私に出番はない。

 四日目に行われた三回戦では、東方から渡って来たのであろう細身の曲刀を扱う武芸者が相手で、読み合いの戦いとなった。

 十数分睨み合い、互いの動きを読み合って、最終的に一合で勝負が付くと言う、体力を温存出来た私には有り難いが、見ている観客には面白みのない試合となってしまう。


 それにしても、こうして御前試合に参加するのは随分と久しぶりだが、以前に比べて参加者の扱う武器のバリエーションがとても豊かになっている。

 例えば三回戦で当たった東方からの武芸者もそうだが、鉈の様に肉厚の短剣の使い手や、或いは特殊な形状のナイフと体術を組み合わせて戦う者も居た。


 尤もその手の特殊な武器を扱うのは、大抵貴族からの推薦枠で御前試合に参加している者達だ。

 これは以前よりも帝国の版図と影響力が広がり、遥か遠方の国々からもやって来る客人が増えた事にも由来するのだろう。

 つまりは、今でも帝国は広がり、成長を続けていると言う証左であった。


 それからもう一つ、これは御前試合とは全く関係ないのだが、気になる事がある。

 御前試合が行われるこの時期は、本来ならば日々暖かさを増して行く季節であるにも拘らず、随分と冷え込む。

 一昨日よりも昨日が、昨日よりも今日が寒いというのはどうにもおかしい。

 帝都の民等も首を捻り、御前試合の話題と共に気候の異常を噂している。

 もしかすると五十年以上ぶりに、アレが来るのだろうか?


 何れにせよこの寒さは疲労の残る身体には堪える。

 その寒さのせいか、肩より高く腕を上げると、ズキリとした痛みが走る様になった。

 後少しだけ持って欲しい。

 もう後少し、一度か二度も勝利すれば現皇帝アリアロスは、私と陛下の願いを無視出来なくなるだろうから。



 四回戦、別の言い方をすれば準々決勝の相手は、少年と青年の丁度境目辺りになるだろう年頃の若者。

 御前試合の参加者としては驚きの若さだが、南方で強い力を持つ貴族、スィーラン侯爵からの推薦枠での参加らしい。

 ならば剣闘士としての経験は浅いのかと思いきや、スィーラン侯爵が治める南方の地方都市、トロキアの闘技場で魔物と戦う『闘魔戦』を行い、見事に生き残って実力を証明したそうだ。

 若さの持つエネルギーと言う物は、失ってしまった今となっては少し羨ましい。

 思わずそんな感想を覚えてしまうプロフィールだったが、……実際に闘技場で対戦相手としての彼を見て、私は既視感と共に強烈に嫌な予感を覚える。


 間違いなく人種は帝国人だ。

 だがその立ち居振る舞い、それから携えた両手剣が、否応なしに嘗ての好敵手、今では人の理を外れて剣の道に生きているだろうアペリアを思い起こさせた。

 彼は相対する私をまじまじを見詰め、それからニィと唇を吊り上げて笑う。


「俺の名はキュオース。我が師、アペリアが言う最も強い人間、ルッケル・ファウターシュを倒しに来た」

 そして彼、キュオースの宣言に、私は思わず眩暈を覚える。

 アペリアか。

 思い出したと同時にその名を聞く事になるなんて、驚きを通り越して頭痛がするが、実に懐かしい名前だった。

 

「師は言った。自分はルッケル・ファウターシュにただの一度も勝てなかったと。そしてそんな男が本気を出すのは、恐らくこれが最期の機会だと」

 楽しそうに言うキュオースに、私は顔を顰めるしかない。

 それは大きな誤解である。

 確かに一度目の戦いでは私が勝利したが、二度目に相対した時はアペリアの成長を認めて地に伏した。

 三度目に御前試合で戦った時は再び私が勝ったけど、それ以降は勝ち目なんて殆ど感じなかったから、決して戦わぬ様に避け続けたのだ。

 なのに何故、こんな大事な時になってその後継がやって来るのか。 

 来るならせめて、後二十年は早く来い。


 お蔭で、今日ここで果てる覚悟をしなければならなくなったではないか。



 剣を抜き、相対する。

 キュオースの構えはやはり、私の記憶の中にあるアペリアを彷彿とさせた。

 色々と思う所はあるけれど、既に覚悟は済んだ。

 明日を考える事もなく、この対戦に残りの全てを注ぎ込めば良い。


 ……が、それでもやはりアペリアの弟子なんて代物を相手にするなら、老いは祟る。

 恐ろしく早い踏み込みから振るわれた刃を躱した心算の私だったが、彼の切っ先は辛うじて届き、私の皮と肉を浅く裂く。

 踏み込みの速度も剣速も、キュオースのそれは御前試合の決勝戦で戦ったアペリアに、ほんの僅かに劣るだろう。

 最盛期の私なら、今の攻撃を回避した上で反撃を繰り出し仕留めれた。

 御前試合当時の私でも、アペリアに劣る程度のそれならば、策を弄さずとも難なく捌いた筈だ。


 しかし今の私では相手の攻撃を見切って動いたとしても、完全にはキュオースの攻撃を躱し切れず、僅かだが傷を負ってしまう。

 ならば逃げて切り刻まれて力尽きるよりも、反撃に力を注ぐより他にない。

 私はキュオースの攻撃から完全に逃げ切ろうとせず、寧ろ彼の動くその先に、剣を振って相打ちを狙った。

 次々と振るい振るわれる剣に、私とキュオース、互いの血が闘技場を赤く汚す。


 まるで採掘者が坑道を掘る様に、或いは野菜の皮を剥く様に、少しずつ相手の血肉を削いで、削り合う戦い。

 負った傷は、多分私の方が多く、深い。

 若さだけの問題でなく、キュオースにはアペリアと同じく人並み以上の膂力がある。

 相打ち気味にお互いを傷付け合っても、ダメージはどうしても私の方が深刻だ。

 けれども肉体は兎も角、傷付け合う事で心に掛かる負担は、どうやらキュオースの方が大きいらしい。


 血塗れになっても、身体の肉が削がれても、私は表情を変えずに剣を振う。

 相打ちに慣れてる訳ではないけれど、どんな状況でも変わらず剣を振う事には慣れている。

 私は、日々の日課として繰り返す素振りと同じ様に、軍団を率いて戦争に赴いた際にも剣を振った。

 今更、死に至らぬ程度のダメージを負った所で、切っ先を鈍らせよう筈がない。


 だがキュオースには、こうした互いを削り合う、共に死に向かって歩く戦いは、どうにも耐えがたい苦痛の様だ。

 次の相打ちを恐れる様に、剣を振らずに二歩下がる。


 あぁ、不合格だ。

 その姿を見た時、私はそんな風に考えてしまった。

 そう、その思考はまるで、随分と昔に中級への門番として、下級剣闘士達を品定めしていた時と同じ様に。


 才は充分過ぎる。

 流石はアペリアの弟子と言うべきか。

 しかし鍛え上げ方は、少し足りない。

 教え方が悪いのか、自らの才に慢心したか。

 或いはその両方もありえる。


 そして心は足りてない以前の問題だ。

 キュオースには剣士としてでも良いし、剣闘士としてでも良いが、大切な物が欠けている。

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