4-4


 御前試合初日、無事に一回戦を勝ち抜いた私だったが、何故か私だけもう一戦せねばならない。

 それも相手はシード枠の、宮廷警備を担う近衛隊の隊長である。

 つまりは、そう、帝都で最も腕の立つ人間である可能性が高い、優勝候補の一人だ。

 もちろん最も腕の立つと言うのは、人外を除外しての話だが。

 因みに私の弟子の一人でもあるのだが、よもや手抜きはしてくれぬだろう。


 この日最後の試合として、私はもう一度円形闘技場に立つ。

 夕焼けが、一日中血を吸った闘技場を、更に赤く染めていた。

 一回戦もおよそ半分しか終わってないのに、私だけ二回戦を行わなければならない事実に、思わず笑いが零れる。


 露骨な私を潰そうとする動きだが、しかしこれ自体は悪くない。

 見方を変えるなら、これは私の願いを叶える為に皇帝が出した試練だとも見えるし、恐らく帝国市民達はそう思っているだろう。

 私の仕える陛下も、似た様な事を良くやっていた。

 あぁ、否、陛下の方が酷かったか。

 何せ私は、その試練で一度剣奴に落とされてしまったのだし。


 まぁそんな訳でこの程度の苦難には慣れっこだった。

 円形闘技場の中央で待ち受けて居れば、私と同じく部分鎧だけを身に纏った軽装の、近衞隊長が入場して来る。

 武装は、円形盾にグラディウス。

 バランスと取り回しの良い、オーソドックスだが隙の無い選択だ。

 その堅実さを厄介だと感じる一方で、何だか年甲斐もなく楽しくなって来てる自分を自覚した。


「オースティン、久しいな」

 顔を見れば弟子の名前を思い出し、私は彼に呼び掛ける。

 これから戦う事にはなるが、それでも見知った相手なのだ。

 旧交を温めるとまでは行かずとも、一言二言話す位は構わないだろう。

 何せこれが最期のやり取りになる可能性だって、決して皆無という訳ではないのだから。


「師よ。皇帝陛下より命じられております。貴方を止めろと。お引きください。貴方は未だ、帝国に必要な方なのです」

 なのに私の弟子と来たら、空気も読めずにそんな事を言う。

 そう言えば彼、オースティンは、誰よりも真面目で熱心に剣に向き合ったが、同時に誰よりも融通が利かない男だった。

 成る程、実に哀れである。

 彼は今、現皇帝への忠義と、私への恩の間で板挟みとなっているのだ。

 だったら、そう、その板挟み、苦悩を解消してやるのも、師としての務めだろう。


「オースティンよ。その言葉に対する私の答えは唯一つ。私が陛下と呼ぶ御方は、唯一人のみ。その御方が最期の願いと言ったのだ。ならば私の命は、その願いの為に使い切ろう」

 ハッキリと、そう告げる。

 彼の表情はますます苦渋に満ちた物となるけれど、それは変わらぬ私の信念だ。

「それにな。禍根を残さぬ厳しさは皇帝に必要な資質だが、それだけでは足りぬ。厳しさの中に見せる優しさ、慈悲の心にこそ人は惹かれるのだ。禍根を残せどそれを芽吹かせぬ力と度量があってこその皇帝よ。現皇帝はまだ未熟。我が陛下の度量には遠く及ばぬ」

 この言葉は明確な皇帝批判で、私の声は帝国市民のみならず、現皇帝にも届いている。

 しかし今、皇帝は私を罰せない。

 何故なら今は御前試合の最中で、仮に私を罰したならば、皇帝は自ら私の言葉を、度量の無さを証明する事になるから。


 だから今、私の言葉を止めれる者は、この場にたった一人しか居ない。

「師よ! 否、ルッケル・ファウターシュよ。その軽い口を閉じよ!」

 私が更に言葉を紡ごうとした時、彼、オースティンは剣を構え、怒声を放つ。

 中々に良い発気、良い構えだった。

 流石は私が教えただけの事はある。


 オースティンがやる気になったなら、私ものんびりと喋っては居られない。

 私も両手で長剣を構え、そしてここだけ早い、御前試合の第二試合は始まった。



 剣と剣がぶつかり、同時に赤と青の光が弾ける。

 ……実に危ない所だった。

 弾けた光の正体は、私とオースティンの魔力。

 直前まで忘れていたが、オースティンもまた、魔力を刃に流して切れ味を強化する『ミルド流、魔纏の剣』の使い手なのだ。

 そう、それを教えたのは当然ながらこの私である。


 もしもそれを忘れたままに剣を打ち合わせていたならば、今頃オースティンは剣ごと私を切っていただろう。

 二合、三合と打ち合う私達。

 強敵と剣を交える事は楽しいし、弟子の成長を見る事もまた楽しい。

 それは私にとって二倍楽しい時間だったが、けれどもそれが続けば不利になるのは私の方だ。

 剣を振る度に私の体力は消耗するし、剣がぶつかり合う度に私の握力も減って行く。


 本当は、この弟子になら私を越えられてしまっても良いと、そう思える。

 オースティンの剣才は飛び抜けて高い訳ではなかったけれど、彼は誰よりも剣を振る事に熱心だった。

 緩まず弛まず努力を続けた結果が、今の私との打ち合いで、また魔纏の剣だ。

 それを称賛したい気持ちは大いにある。

 果てるならこの剣に切られてしまうのが良いとも、そう思う。


 しかし私は、まだ陛下の願いを叶えて居ない。

 弟子に自らを越えられる悔しさと喜びを味わう贅沢は、まだ私には許されないのだ。


 さてでは、どうすればこの難敵を倒せるだろうか?

 弟子としてではなく、倒すべき強敵としてオースティンを認識した時、導き出される答えはたった一つのみ。

 まだ余力がある間に、その全てを注ぎ込んだ一撃で決着を付けるしか、私に勝ち目はない。


 故に私は、それ以上の打ち合いを避けて後ろに下がり、乱れた呼吸を整える。

 長剣は上段に構え、周囲の全てを無視してオースティンだけに集中力を注ぐ。

 今から行うのは、何の捻りもない上段からの切り下ろし。

 だが捻りはなくとも、単なる切り下ろしでは決してない。

 ミルド流、魔纏の剣を私なりに発展させた、纏わせる魔力を更に圧縮し続け、それが限界に達した瞬間に爆発的な強化を剣に施す技法。

 剣を振う最中でもその一瞬を逃せば、魔纏の剣の効果すらまともに発揮出来なくなってしまう。


 必要とされるのは正確無比に剣を振う事と、相手の動の正しき予測。

 どちらが欠けても、この剣技は成功しない。

 そしてその二つは、今のこの、老齢となったルッケル・ファウターシュの最大の武器と言っても過言ではない二つだった。


「受けよオースティン。我が剣、赤光、閃火」

 私の言葉に、オースティンは正面から挑んで来る。

 それがこの弟子の長所であり、短所でもあった。

 正面から困難を乗り越えようとする気概という意味では、長所。

 困難を避ける事を知らない愚直さという意味では、短所。


 でも今の私は彼の師としてでなく、敵としてここに立つ。

 振り下ろされた赤の光は、迎え撃つ青の光とぶつかる瞬間に激しく輝き、さくりと私の剣はオースティンのそれを切り裂いた。



 信じ難いと言った表情で、二つに断たれた剣を見るオースティン。

 慰めはしない。

 健闘を褒め称えもしない。

 だがこれだけは言わせて貰おう。

「お前の剣はまだ未熟。何の為に振るうのか。どうやって振るうのか。困難を正面から受けるべきか避けるべきか、全てを今一度考え直し、鍛え直せ」

 そう言って私は、剣を下ろす。

 正直、もう持ち上げている事すらしんどい。


 闘技場の観客は、流れる血を見に来たと言っても過言ではないが、もう今日は既に散々血は流れてる。

 一日の最後位、こんな終わり方でも構わないだろう。


 膝を突いたオースティンの姿に、私の勝利を告げる声が闘技場に響く。

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