4-2
事の起こりは、今代の皇帝への代替わりで起きた継承争いだ。
皇位を争ったのは、皇太子であるアリアロスと、第三皇子であるフレイロム。
そしてその際、ローンダッツ侯爵家は第三皇子であるフレイロムを後見として支援した。
ローンダッツ侯爵家にはフレイロム皇子と実母を同じくする皇女マーレイアが嫁いでおり、縁戚関係である。
仮に後継争いにフレイロム皇子が勝利すれば、ローンダッツ侯爵家が得る権力は計り知れない大きな物だ。
因みにフレイロム皇子とマーレイア皇女の母は、その当時の第二皇妃であるローアム妃。
アリアロス皇太子の母は第一皇妃であるソレイス妃。
この両者も仲が悪く、継承争いを更に激化させた要因である。
さて結局の所、この継承争いにはアリアロス皇太子が勝利し、フレイロム皇子は処断された。
また継承争いにおいてかなりの無茶をしたローンダッツ侯爵家も処断の対象となり、当主以下親類縁者も男性は殆どが処刑、女性は修道院等に押し込められる事になる。
しかしローンダッツ侯爵家に嫁いでいたマーレイア皇女には、生まれたばかりの息子がいたのだ。
先の礼に習えばその子もローンダッツ侯爵家の男性となる故、処刑の対象になるだろう。
けれども帝国では乳幼児の死亡率の高さから、三歳までは神の子と称し、その存在を正式に籍に入れない。
つまり三歳になるまでは、その子は正式にはローンダッツ侯爵家の一員とは見做されなかった。
故にその処刑は三歳になるまで待たれる事となり、今、その子は処刑される為だけに生かされて育てられている。
私が忠を誓う先々代皇帝陛下の願いとは、あの方にとっては曾孫となるその子、クレイスの助命だ。
現皇帝となったアリアロスからすると、クレイスは憎き敵の子であり、将来の騒乱の種でしかない。
たとえ祖父である陛下の願いと言えど、助命を許しはしないだろう。
だからこそ、私の出番と相成った。
この帝国には、皇帝に願いを叶えて貰える機会がある。
……そう、御前試合での優勝だ。
私の知名度はこの帝国でも一、二を争う程に……、もとい、正直に言えば二位を圧倒的に引き離して一番高いだろう。
先々代皇帝陛下にのみ忠を誓う、剣で全てを掴んだ英雄。
それが帝国市民の私に対する評価で、吟遊詩人は毎夜私を謳い、訓練官や教師の類も、私の言葉を引き合いに出す。
私の弟子は数多く、顔も知らない自称弟子はもっと多い。
大袈裟にも私を剣聖とさえ呼ぶ者も居た。
いや、大袈裟と言うより私にとってその呼称は皮肉でしかないのだが。
人を辞める事も選べなかった私に、その呼称は相応しくない。
剣聖と言うのは、もっとこう、人から外れてしまった化け物の為の物である。
まぁさて置き、取り敢えず私が有名である事は、老いた今となっても疑う余地はないだろう。
そして先々代皇帝陛下の剣である私が、曾孫を救いたいと言う願いを叶える為に御前試合に出場する。
それはもう、帝国市民の語り草、要するに世論となるのだ。
私が御前試合に優勝すればもちろんの事、志半ばで力尽きて死したとしても、帝国市民はその遺志を叶えて欲しいと慈悲を願う。
現皇帝アリアロスは聡明で、損得を冷静に計算出来る人物だと聞いていた。
であるならば、慈悲を見せるに値するだけの価値があると踏めば、その願いは叶う筈。
当然ながらクレイスの命が助かったとしても、ローンダッツ侯爵家は取り潰しだ。
だが確か、私の実家、ファウターシュ家は伯爵にまで陞爵してるが、それとは別に分家としてのファウターシュ男爵家も存在している。
そちらで養子として引き取れば、後は私の一族が有象無象が伸ばしてくる手を弾き、己の分を弁えた教育をクレイスに施すだろう。
ファウターシュ家がそこまで大きくなったのも陛下の御蔭だし、あの方は一度として私への報酬をケチったりはしなかった。
地位も金もやりがいのある仕事も、全てを私に与えてくれた。
老いた私の命でその恩に報いれるなら、剣を振うに否やはない。
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