老齢将軍の剣闘士生活
4-1
年を取ると、溜息を吐く事が増える。
もしも溜息の数だけ白髪が増えるなら、私の頭が真っ白になってしまったのも仕方の無い話だろう。
しかし終ぞ禿げる事だけはなかったのだから、私の髪は人生と言う戦いに勝利したと言っても過言ではない。
そんな風に考えながら、私はこれまで忠を尽くして来た主である先々代皇帝陛下の前に跪く。
因みに陛下の頭はつるつるだ。
あれではもう冠も乗りやしない。
まぁ陛下の方が些か年齢は上であるけれど、今の段階で比べるならば私の圧倒的な勝利だ。
「……ファウターシュ将軍よ、余の頭に何か付いておるか?」
私の視線に気付いたのだろうか、陛下は問う。
もちろん何も付いてない。
何も持たずに静かに消え行く老人、それが今の陛下だった。
「いえ、この姿勢は膝と腰が堪えるなと、愚にも付かぬ事を考えておりました」
初めて会った時は圧倒され、それからも度々強い感動を与えてくれた陛下だが、今ではこんな軽口すら叩ける。
年月とは恐ろしい物だ。
嘗ては帝国の全てを掌握し、思うが儘に動かして来た陛下も、代替わりと同時に権限の殆どを譲られた。
多くの臣は陛下から離れ、新しい皇帝に仕える事となる。
まぁそれは当たり前の話で、人が生きれば自然と老い、やがては後を誰かに託す。
けれどもそれでも、私は陛下にのみ仕え続けた。
もう一度皇帝の譲位が行われ、孫の世代が活躍する様になっても、尚。
「ならばそこの椅子に座れ。今更余に畏まる意味はあるまい」
そんな風に陛下は言うが、意味はある。
陛下の前で畏まると、私の忠義の心が満足するのだ。
尤も膝腰の痛みの前にはその満足感も負けてしまうが。
よっこいしょとゆっくり立ち上がり、勧められた通りに椅子に腰かける。
吸い付く様な椅子の座り心地に、私は満足して頷いた。
「では話を続けるぞ。余の最期の願いだ。もう一度だけ、ルッケル・ファウターシュの力を貸して欲しい」
……そうか。
これが最期か。
陛下の顔を見ながら、私は頷く。
その顔には死相が浮かんでる。
内腑の病だ。
もう碌に食事も取れてないのだろう。
遠からず陛下は、私が忠を捧げて来た主は、身罷られる。
陛下の願いを叶えるには、私の命を懸けねばならない。
二十年前なら、どうとでもなっただろう。
十年前でも、まだ身体は思う様に動いてくれた。
しかし今の私の身体では、困難な戦いを乗り越えられるとは到底思わない。
「一度と言わず幾らでも。私は今でも陛下の為の剣であります」
だが私はその返事を躊躇わなかった。
主が先に逝こうというのだ。
折れかけの剣だけが残っても仕方ないだろう。
領地は譲り、築き上げた軍団も後進に任せた。
私でなければ成せない事は、もうあまり残っていない。
故に私は剣を握り、大勢の観衆が詰め掛ける闘技場に、この老いた姿を再び晒す。
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