3-10


 僕とアペリアは全く同時に前に飛び出し、間合いは一瞬で詰まった。

 繰り出されるアペリアの強力な斬撃を掻い潜るように避け、僕は更に前に出る。

 しかしそれを受けて下がったのはアペリアだ。

 彼の身体能力なら、体当たりでも僕をノックアウトしかねない。

 にも拘らずアペリアが下がった理由は、僕が左手に構えた短剣だった。

 軽く短い短剣は、超至近距離、格闘戦でも邪魔にならない。


 下がるアペリアに対し振るった僕の右手の剣は、防いだ彼の足を一瞬止める。

 だがその一瞬でもう一度間合いを詰めれば短剣が、身を捩ったアペリアの脇腹を軽く裂く。

 逃がす訳にはいかなかった。 


 アペリアと僕の身体能力の差は非常に大きく、そして単純な筋力以上に厄介なのが彼の素早さだろう。

 多少早い程度なら、動き方でカバー出来るが、アペリアと僕の差はそれどころじゃない。

 例えば僕が前に出る速度よりも、アペリアが後ろに下がる速度の方が早いのだ。

 当たり前の話だが、普通は人間の身体の造りからいえば、前に進む方が速度は出る筈なのに。

 つまりそれだけの差が、僕とアペリアの間にはあるって話だった。


 故に極端な話をすれば、アペリアは長剣のリーチと速度差を活かして前後に動きながら戦えば、ヒット&アウェイに徹すれば、それだけで僕を追い詰めれるだろう。

 だからこそ決して間合いから逃がしてはいけないのだ。

 二刀を活かした連続攻撃への対処に、アペリアの足はどうしても止まる。

 幾度も刃が身体を掠めたアペリアの身体は、流れ出る血で朱に染まって行く。

 でもそれでも、僕の背を嫌な汗が伝った。


 外から、観客から見れば、今の僕は圧倒的にアペリアを押し込んでいる風に見えるだろう。

 しかし実際には、連続攻撃を加えながらも致命的な傷は負わせられず、逆に時折繰り出されるアペリアの一撃は掠めただけで致命傷になりかねない。

 更に手数が多いと言う事は、その分多く動いているのだから、僕は今猛スピードで体力を消耗しつつある。

 何よりも厄介なのは、アペリアの目が徐々に僕の二刀を用いた連続攻撃に慣れ始めていると言う事だ。


 そして遂に、突き出した僕の短剣に対し、アペリアは長剣の柄を振り落として叩き落とし、否、叩き壊しを試みた。

 咄嗟に短剣の角度を変えたから、即座に折られる事は避けられたけれど、使い古した刀身には大きな欠けが生じてしまう。

 どうやらこの短剣も、そろそろ限界が近いらしい。

 だから僕は、それでも敢えて短剣での大振りの攻撃をアペリアに向かって繰り出した。

 簡単に長剣で受け止められてしまうと、わかっていながらも。



 さて、そんな事をするのにはもちろん理由がある。

 わざわざ壊れやすい、使い古した短剣を使ってる事にもだ。

 今から僕が繰り出すのは、奇術の類。

 教えられた当初は盛大に馬鹿にした物だが、まさか実戦で使う日が来るとは思ってもなかった『ミルド流・壊剣』と言う技。

 そう、これは己の所持する予備武器を、わざと破壊する剣技だった。


 戦いの最中に武器が受けるダメージをコントロールし、壊れる寸前に持って行く。

 更にその武器を用いての攻撃を、相手に思った形で受け止めさせて、損壊した武器の一部を相手に向かって飛ばす技だ。

 正直なところ馬鹿馬鹿し過ぎて、とてもじゃないが剣術なんて呼べず、奇術としか言いようがない技。

 しかしそれ故に、相手の意表を突く効果は高い。


 この技の肝は思った通りに武器へのダメージを蓄積させ、思い描いた形で破壊する事。

 成功率は、正直そんなに高くなかった。

 大抵の場合は狙い通りにダメージを蓄積させられずに、途中で武器が壊れてしまう。


 でも今回は運も流れも、普段よりも遥かに高い集中力の効果もあったのだろう。

 アペリアの剣に受け止められて、べきりと半ばから圧し折れて飛んだ短剣の刀身は、狙い違わず彼の右肩に突き刺さった。

 当然ながらアペリアにとって、そのダメージはあまりに想定外だ。

 一瞬、彼の動きは確かに鈍り、僕はその隙に、右手の剣でアぺリアの左太腿を大きく切り裂く。



 ……普通に考えれば、既に決着は付いたと言って過言じゃない傷をアペリアは負っている。

 けれども僕は知っていた。

 この位では、まだアペリアが止まろうとしないであろう事を。

 武器を破壊しての一撃が、意図的だったと悟ったのか、僕を見るアペリアの顔に、本当に嬉しそうな笑みが浮かぶ。

 全く以て本当に理解しがたい話だが、でもきっと、僕も似たような笑みを浮かべているのだろう。


 集中のし過ぎで、頭が痛い。

 呼吸を忘れて動いた為に、体力の消耗だって馬鹿にならない。 

 許されるなら、今すぐにでも倒れ込みたい。

 でも後少しだけ、倒れたくない。


 動きの鈍ったアペリアに対し、僕は自分から前に出る。

 足に傷を負い、大量出血してるアペリアが、もうそれ程は長く立てない事なんてわかってるけれど、逃げて時間を稼ぐ気になんてならなかった。

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