3-9
結局、もう一つの準決勝で勝利を収めたのはアペリアで、彼が決勝に上がって来る事になる。
準決勝でマロークが使用したのは両手持ちの槍だったが、アペリアも同じ選択を取っていた。
武器が同じとなったなら、勝敗を決めるのは技量と身体能力だ。
どちらかと言えば剣が得意なアペリアに対し、様々な武器を操れるが、最近は特に槍の修練に重点を置いていたマロークは技量で確実に上回る。
しかしその差を物ともせずにひっくり返したのは、アペリアの尋常ならざる身体能力だった。
……実のところ、アペリアの桁外れの身体能力には、恐らく魔力が関わっているのだと思う。
南方を勢力地とするミダールの民やロスギーの民には、その他の地域の人間に比べて身体能力に秀でた者が多い。
その理由として、彼等の多くは魔力を保有するが、それを常日頃から意識もせずに身体能力の強化に使用、消費しているのだろうとの説がある。
魔力の保有をステイタスと考える帝国貴族の多くは否定するけれど、アペリアを見て居るとその説は正しかったのだと思う。
多分アペリアはそんなミダールの民の中でも魔力量が飛び抜けて多く、従って身体能力が強化される幅も大きいのだ。
ミダールの民に伝わる物語には、単身でベヒモス、南方に生息するゾウと呼ばれる生き物が魔物化した巨獣の突進を受け止めた英雄が出てくる。
屋敷程もある怪物の突進を受け止める話だなんて、当然ながら眉唾だとは思うのだけれども、莫大な魔力の持ち主なら或いは……、もしかすればあり得るのだろうか?
まあ御伽噺はさて置いても、今のアペリアが途轍もなく強い事だけは間違いのない事実だった。
以前の戦いでは、まだ盾で攻撃を受け止めるも可能だったが、今はそれをすると僕の手は圧し折れそうだ。
なのでアペリアの攻撃は躱すしかないのだが、厄介な事に彼は技術も決して低くない。
何故ならそのまま身体能力だけで突っ走って転ばぬように、下級剣闘士としてしっかりと下積みを積んでいるから。
僕が彼と初めて対戦した時、技術が足りないと昇格を阻んだ判断は、間違いなく正しかった。
だからこそ今のアペリアがあるのだと、僕は少し位は自慢しても良いと思う。
問題は、その成長したアペリアを僕が倒さなければならない事なのだが。
尤も一つだけ、勝算の高い方法はある。
それは魔纏の剣、赤光を使ってアペリアの武器を切って壊す事だ。
流石のアペリアも、武器を壊されれば戦い続けるのは難しいだろう。
だがその決着は、僕の望むアペリアとの決着では決してない。
僕は既に一度、仕事を優先して彼との戦いの結果を操作する事で先に、中級へと進ませた。
あの時のアペリアの悔し気な咆哮は、今も耳に焼き付いている。
故に今回こそは僕の技と力を、彼にぶつけたいと思っているのだ。
そう、多分きっと、最初に対戦したその時から、僕はアペリアの才能に惚れ込んでいるから。
無粋なやり方で勝利を拾おうとはどうしても思えなかった。
それにもしアペリアがウェーラー王国に唆されて故郷の為に動こうと考えているなら、武器を破壊しての決着では、きっと彼を止められない。
だから僕は見せてやろう。
僕の本気を。
彼の道を塞ぐ門番として、剣闘士の世界に押し戻す為に。
何時もは対戦開始の時にだけ鳴らされる銅鑼が、大きく何度も音を立ててる。
今頃は、観客席から色とりどりの花弁が撒き散らされているだろう。
まぁ御前試合の決勝だから、そういった演出もされるのだ。
特に意味なんてない。
闘技場での戦いは、基本的には下級だろうが中級だろうが上級だろうが、皇帝陛下の前で戦う御前試合だろうが、武器を持って切り合うだけだ。
とてもシンプルで、何一つ変えようがない物だった。
勿論獣と戦ったり、時には魔物と戦ったり、複数戦だったり、勝ち抜き戦だったりとバリエーションは増やせるが、基本は同じ。
だから演出する為には、それ以外を飾り付けなきゃならない。
音や色、出来る事はそれ位だし、それだけで観客が盛り上がるならそれはとても良い事だ。
僕としても、場が白けてるよりは盛り上がってる方が戦い易い。
何というかもう、ずぅっと盛り上がりを気にして戦って来たから、これは性分みたいな物である。
門を潜って闘技場に足を踏み入れれば、割れんばかりの歓声と拍手が降り注ぐ。
実に良い感じに舞台は出来上がっていた。
一歩前に進むごとに、沸々と身体の中に沸き立つ物を感じる。
恐れと喜び、期待と戦意、全てがドロドロに混じり合って、僕の中で渦を巻く。
逆側の門から闘技場に入ってきたアペリアは僕の姿、より正確には手に持った武装を見て、少し驚いた顔をした。
以前の二度の対戦では、バックラーとラウンドシールドの違いこそあれどちらも盾を所持していたから、盾の代わりに短剣を持っている事が意外だったのだろう。
でもまぁ、多分アペリアの好みそうな工夫はしてあるから、そこは期待してくれて良い。
今日の僕の武装は、右手には少し柄を長めに、いざと言う時は両手でも振れるようにも作られた直剣と、左手には使い古した短剣だ。
そう、所謂二刀士って奴だった。
アペリアは下級剣闘士時代に何度も僕の対戦を見に来ていたが、そこでも一度も見せた事のない二刀士のスタイルに、彼の瞳に警戒の色が浮かぶ。
そんなアペリアが手にしているのは、何時も通りに両手持ちの長剣。
彼が最も得意とする武器だ。
まぁそう来るだろうとは思ってた。
奇をてらって槍を選んでくれれば多少は楽に相手が出来たのだが、それはそれでつまらなかっただろう。
シンプルに強みを活かすのがアペリアの場合は一番強いし、僕はそれに勝ちたい。
初めて彼と会った時は、まだ少年と呼べる年齢だった。
でももう、今目の前に居るのは強く大きく成長した、強大な剣士である。
そして銅鑼の音が響き渡り、御前試合の最後を飾る決勝戦が始まった。
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