3-8


 僕の試合は残念ながら観客ウケは今一だったが、それでも実力があって名前も売れた剣闘士が集まってるだけあって、御前試合の初日は大いに盛り上がりを見せていた。

 ……けれどもそれは、ウェーラー王国からやって来た騎士の一人の対戦が行われるまでの話である。

 全身鎧を身に纏ったまま闘技場に立った騎士の姿に、観客達は戸惑いの表情を隠せない。

 脚絆や手甲は身に付けてるとは言え、軽装どころか剥き出しが基本の剣闘士と、全身を鉄の鎧で隙間なく覆った重装の騎士の、どちらが有利かなんて戦いの素人にだってわからないはずがないだろう。

 にもかかわらず御前試合に全身鎧で乗り込んで来て、それを恥じる風もない騎士の姿に、観客達も呆れ以外の感情を抱くのは難しかったのだ。


 そして厄介な事に、腕も決して悪くはない。

 流石に一騎当千は誇張が過ぎるにしても、上級剣闘士には充分届くかもしれないだけの腕前がある。

 そうなると可哀想なのは対戦相手の剣闘士で、必死に剣を叩き付けるも分厚い鎧に阻まれて、ジワジワと追い詰められてから、ザクリと切って殺された。

 実力は伯仲しているが、アレだけ装備に差があれば、別に殺さずとも無力化する事だって難しくはないだろうに、嘲るように追い詰めてから切り殺したのだ。

 まるで観客達に対して、血と死に様が見たくて集まったのなら見せてやろうとでも言うかの如く、凄惨に。


 いやまあ、闘技場に、集まった観客達に、そう言った側面があるのは否定しない。

 帝国が、人の死を娯楽としてる事は間違いのない事実だ。

 しかしこれは違うだろう。

 今のは戦いでもないし、見世物にもなっちゃいない。

 ……いや、百歩譲って殺しに違いはないとしても、最も醜悪な部分だけを煮詰めて抽出したかのような行いに、観客達は冷や水を掛けられた気分になったのだ。



 そしてそれは、二日目も同様だった。

 各地から集まった剣闘士達がどんな戦いを見せたとしても、鎧騎士達の対戦では火が消えた様に観客達は静まり返る。

 そもそも、全身鎧のせいで顔どころか体形すらも判別出来ないから、三人の鎧騎士の区別だって付かない。

 やり口も全く同じで、防具の優位を活かして相手を追い詰めてから切り殺すだけなのだ。

 これ程につまらない対戦は他に類を見ないだろう。

 こんな戦いをする為に、剣闘士達は命懸けで上級まで登り詰めた訳じゃないのに。


 このままでは、ウェーラー王国の参加者を受け入れた皇帝陛下に対する非難だって出かねない。

 いや、もしかすれば、僕の耳に入らないだけで、既に非難が出始めている可能性だってある 

 だがそんな空気が一気に吹き飛んだのは、三日目に行われた二回戦目の、最後に行われた対戦だった。


 勝ち残った三十二名による、十六回の対戦は、御前試合三日目に全てが行われる。

 僕の相手はやはり前半に行われ、まぁ一回戦目に戦ったミハームスに比べるとずっと劣る相手だったので、余裕を持って勝利した。

 マロークも同様に、少し苦戦はしていたが、槍で相手を翻弄して無事に勝つ。

 しかしその日の最後の対戦、十六戦目はアペリアと鎧騎士の物だったのだ。

 その日最後の試合が鎧騎士の物と言う事もあって、気の早い観客達は既に一部が帰ろうとしている。

 そんな空気の中で開始の銅鑼が鳴り響いた瞬間、目にも止まらぬ勢いで飛び込んだアペリアの両手剣が、鎧騎士の側頭部へと叩き込まれた。


 アペリアの使う頑丈が取り柄の両手剣では、鍛え抜かれた鎧騎士の兜を切り裂く事は出来はしない。

 けれども響いたのは、鎧騎士がそのまま吹っ飛び地に転がった音だ。

 一体どれ程の膂力がそれを成したのかは知らないが、兜の側面は逆側に付きそうな程に曲がり、中身を完全に押し潰してしまってる。

 もうどうやってもあの兜は脱げないだろうし、間違いなくもう脱ぐ必要もなくなっただろうけれども。

 たった一撃で、どうしようもないと思われていた鎧騎士が沈んだ事に、一瞬の沈黙の後に大歓声が巻き起こる。


 更にその二日後、五日目の四回戦で鎧騎士の一人と対戦したマロークが、準備していたウォーハンマーで手足を折り、倒れた騎士の頭部を砕いて勝利して、観客達の興奮はさらに加速して行く。

 尤もマロークにとっては鎧騎士への勝利よりも、その次の五回戦目、つまりは準決勝で対戦するアペリアへの対策が思い付かずに、浮かない顔をしていたが。

 そしてそんな流れの中で六日目の準決勝は、僕と最後の鎧騎士の対戦から始まった。



 闘技場の中央で、何時も通りにグラディウスとバックラーを構える僕を見て、鎧騎士は少し安堵を見せる。

 グラディウスなら鎧騎士の手足を圧し折ったり、兜を凹ませて殺す様な真似は不可能だし、バックラーでの打撃も鉄の全身鎧には効果はない。

 どうやら勝って当たり前だと考えていたこの御前試合で、次々に同僚が死んだ事は、この鎧騎士に大きな動揺を与えていたのだろう。

 その反動か、実にわかり易く、彼は気を緩めてしまっていた。


 まぁそうなる事を期待して、敢えて全身鎧に効果の薄いグラディウスとバックラーを持って来たのだけれども。

 何と言うか、そう、僕もやはり闘技場が、剣闘士の戦いが好きだから、ウェーラー王国の騎士達には怒りを抱いていたのだ。

 大体、一人の上級剣闘士が誕生するまでに、一体どれだけの金が必要で、何人の剣闘士の命が散ったと思っているのだろうか。

 そんな貴重な、御前試合に出場出来るクラスの上級剣闘士を、無駄につまらない戦い方で何人も殺すなんて、あまりに損失が大き過ぎる。


 別に僕の金ではないし、その上級剣闘士と契約してたのが、僕の知り合いの興行師って訳でもない。

 でもそれでも、数年間を闘技場で戦ってきて、折れて散って行く剣闘士を見、逸材の登場に心を躍らせた僕には、その損失に無関心ではいられなかった。

 だから、そう、僕はこの鎧騎士を殺す心算でここにいる。


 戦いの開始の銅鑼が鳴り響くと同時に僕が放つは、深い踏み込みから右の胴切り。

 これに対して鎧騎士は、攻撃を無視して上段からの振り下ろしで僕の頭を割ろうとした。

 それは別に、間違った判断と言う訳じゃない。

 グラディウスでの攻撃では、鉄の全身鎧に対して有効打を放てないのだから、無視して攻撃は妥当な手だろう。

 しかしそれは、相手が僕でなければの話だ。

 サクリと、僕の刃は鎧騎士の胴に食い込み、その身体を上と下の二つに断って、そのまま逆側へと抜ける。

 鎧騎士の上半分は、自らの振り下ろしの勢いによって下半分から離れ、ごろりと地に転がった。


「西国の一騎当千、恐れるに足らず!」

 僕は貴賓席の、御前試合の観戦に招かれている彼の国の重鎮に向かい、周囲の観客にも聞こえるように、強く言葉を吐く。


 先程放った一撃は、一瞬だけ魔力を刃に流して切れ味を強化する『ミルド流、魔纏の剣』。

 別名は僕の魔力の色から赤光と言う。

 教えてくれた高名な剣士、今も皇帝陛下の横で護衛として対戦を見ているユーパ・ミルド曰く、魔物狩りの剣技。

 魔物の毛皮は鉄と同等の硬度を持つとされており、それを切り裂ける剣なのだから、鉄の鎧を断てぬ道理はなかった。


 無闇に人に向ける剣ではないとも言われているが、今回は間違いなく必要だったから、文句があるなら後で言いに来ればいい。

 ウェーラー王国からの招待客は愕然とした顔をしているが、僕が以前に魔物を切った事実を知る観客達は、割れんばかりの歓声をあげている。

 これでもう、この御前試合で僕が為すべきは後一つ。

 次の決勝に勝利して、優勝の栄誉を手にする事のみだ。

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