3-7
御前試合の第一回戦は、参加者が六十四名だから三十二回の対戦が行われるが、数の問題もあって半分が初日である今日に、残り半分は明日行われると言う。
ちなみに僕の対戦は三戦目で、まだ序盤も序盤に行われる。
と言う事は、逆側のブロックであるアペリアやマローク達の戦いは明日か。
待機場所で、身体を温めながら三十分程待っていると、僕の番が回って来た。
僕の初戦の相手は、東方の四大都市であるドラードから参加している上級剣闘士、ミハームス。
御前試合で戦う剣闘士は、全く同時に闘技場に出る為、事前に観察して分析する時間は与えられない。
闘技場の中央へ向かう僕は、取り敢えずは初戦だからと慣れた武装であるグラディウスとバックラーを握っている。
けれども多分、中央に進みながら見た相手の姿に、きっと僕は困惑の表情を浮かべただろう。
だって相手のミハームスも、そんな表情を浮かべているから。
何故なら向かい合った僕等の武装は、グラディウスとバックラー、全く同じ物だったのだ。
……いやはやこれは中々に楽しく、だけど地味な試合になりそうである。
バックラーと言えば、最大の長所は取り回しの良さで、最大の短所は防御面積の小ささだろう。
他にも盾が死角を作らない等のメリットもあるが、まあ取り回しの良さに含めておく。
そしてその長所を活かし、短所を打ち消す為に、バックラーを使う際は他の盾とは違った特異な構えを取るのだ。
即ちバックラーを握った手を思い切り前に突き出して、身体から遠い場所に置く事で防御面積の小ささをカバーする。
他の盾だとそんな事をしたら内側に潜り込まれるし、しっかりと受け止める事も難しくなる為、身体から離して構えるような真似はしない。
まぁつまり、バックラーと他の盾は、全く違った技術で扱う物だった。
故に、剣闘士の中でバックラーを好んで使う者はあまり居ない。
皆無って訳ではないのだけれど、普通はもっと扱い易くて防御力も高い、大きめの盾を使うだろう。
僕だってここまでバックラーの扱いに慣れたのは、下級剣闘士を相手に門番をやる際、殺さずに無力化するのに便利だったからである。
ならば一体、目の前のミハームスは、どんな事情があってバックラーの扱いに習熟したのか。
こんな場所で出会ったのでなければ、ゆっくりと語り合ってみたい相手である。
もちろん、僕と彼が今しなければならないのは言葉での語り合いでなく、剣を用いた切り合いなのだが。
いずれにせよ一つだけわかるのは、ミハームスはかなりの技巧派であろうという事だけ。
対戦の開始を告げる銅鑼が鳴り響くと同時に、ジワジワを互いに間合いを詰める僕とミハームスの、伸ばして構えたバックラー同士が触れ合った。
僅かの間、時間にして数十秒程だろうか?
動かずにそのまま押し合う。
……矢張り上手い。
互いに力量を探り合いながら、押し合う力に強弱を付け、相手の体勢を崩そうと試みる。
筋力は僅かに相手が上だが、技量は僕が上回るだろうか。
といっても、そもそもこのやり取りが出来るだけで相手の技量は相当なのだが。
どうやら同じ判断をしたらしく、ミハームスの表情が険しさを増す。
押し合う盾が僅かに引かれ、ガンッとミハームスのバックラーが僕のバックラーを叩く。
凄まじいプライドの高さであった。
押し合いなら、僅かであれ筋力の勝るミハームスが有利で、それ故に先程の押し合いは拮抗していたのだが、彼はその優位を捨てて盾での殴り合いを選択したのだ。
実に楽しい相手である。
僕としては押し合いながら相手の隙を探り、作る戦いも楽しかったが、あまりに動きが無ければ観客達が不審に思いかねない。
押し合いの中に在る技術戦なんて、当人同士にしか理解できない物なのだから。
ならば叩き合いに応じるとしよう。
ミハームスの叩き付けを払い、そのまま相手がバックラーを握る腕を叩こうとして、けれども強引に押し戻される。
ガツガツガツと左手に持つバックラーで、互いのバックラーを叩き合う、普段の闘技場では決して見ないであろう戦い。
だがそれでも、観客達が声一つ漏らさずにそれを見守るのは、この叩き合いが馴れ合ってる訳でなく、相手に隙が生じれば、すかさず右手のグラディウスで切る事を察せられるだけの緊張感があるから。
僕としては何時までも続けていたい楽しい戦いだったが、剣闘士の戦いは観客に魅せる為の物である。
もう十分に力量は探り合ったから、観客を飽きさせない為にも、そろそろ決着と行こう。
多分僕とミハームスが、そう考えたのは全くの同時。
互いに半歩前に出て、相手のバックラーの内側に己のバックラーを引っ掛けて引っ張る。
狙ったのは相手の体勢を引っ張って崩し、グラディウスでの切り付けだったのだけれど、全く同時に同じ事を狙った為、予想外にバックラー同士が噛み合って互いの動きが一瞬止まってしまう。
でもそこから先の行動は、それぞれ全く別の物を選択した。
ミハームスは、己のバックラーが相手の防御範囲より内側にあるからとそのまま殴り掛かる事を選択し、僕は己のバックラーを捨てて相手の腕を掴む事を選ぶ。
潜り込む様にバックラーでの殴り付けを躱しながら、掴んだ相手の腕を引く。
もしもそれを外していたら、僕はバックラーを失った分だけ、この後の戦いで不利になっていただろう。
しかしだからこそミハームスには僕の行動が予想外だったらしく、彼の身体は勢いのままに宙を飛び、その背を地面に打ち付ける。
そう、この闘技場ではあまり見ないバックラー使い同士の戦いの結末は、これまた闘技場ではまず見る事のない、投げ技による決着だった。
後はもう、咄嗟に頭は庇ったが、強く身を打ち付けた為に動けぬミハームスに、僕が剣を突き付けて終了だ。
結局ただの一度も剣が振られずに終わってしまった戦いに、見守っていた観客達の反応もやや戸惑いがちで鈍いが、……まぁこんな戦いが見られるのも御前試合だからと思って勘弁して欲しい。
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