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 帝都を訪れるのは数ヶ月ぶりになるが、帝都の凄い所はその数ヶ月で色々と変化が見られる事だ。

 勿論大きな変化ではないのだが、新しい商店が出来ていたり、その逆に以前見掛けた店が閉まっていたり、女性の髪形の流行が変わっていたり。

 どうやら今の帝都では、髪を巻いて頭の上に盛るのが流行らしい。

 実にどうでも良い事だけれど、なんだか感心してしまう。


 幸い幾度か訪れた事のある贔屓の串焼き屋台は無事にそのまま出店していたので、数本買い求める。

「お? おぉ、剣闘士の兄ちゃん久しぶりだなあ。暫く見ないから殺されちまったのかと思ってたよ。生きてたかぁ。いやぁ、良かった良かった!」

 等と言って僕との再会を喜んでくれる、名も知らぬ屋台の店主。

 最初に出会ったのが、首輪を付けた剣奴の時だったから、彼の中ではそのままのイメージなのかも知れない。


「いやいや、暫く故郷に帰ってただけだよ。久しぶりの帝都だから、まずはここの串焼きが食べたくてね」

 今は首輪もしてないが、旅装だからこの格好で貴族と気付けってのは無理があるだろう。

 勿論気付かれて畏まられるよりも、こうやって気安く再会を喜んでくれる方が嬉しいから、どうか鈍いままで居て欲しい。

「おお、って事は解放されたのかい。そりゃあ良かった。優しい主人に恵まれたんだなぁ。じゃあ祝いに、ウチの新作をオマケしとくさ」

 そう言ってどうやら何かを勘違いしたらしい屋台の店主は、頼んだ串焼きとは別に、刺激的な香りのする肉串をくれる。

 ……これは絶対辛い奴である。


「火串って言うんだけどな。美味いけどすげぇ辛いから気を付けて喰ってくれよ。因みに左隣の屋台が絞った果汁を出しててな。弟がやってるんだが、よろしくしてやってくれ」

 どうやら兄弟で組んでの商売らしい。

 案の定、僕は果汁を三杯お代わりして飲む事になる。

 けれども癖になりそうな、辛さと美味さだった。 


 しかし僕とてただ辛さに慌てふためいていただけでなく、二人の店主に帝都の近況を聞き出している。

 結局どの剣闘士が中級から上級に昇格し、上級剣闘士の中の誰が御前試合に出るか等も含めてだ。

 まあ昇格者に関しては別に気にしなくても良いだろう。

 散々僕との対戦を避けてた相手だし、御前試合の出場枠も逃してる。

 帝都の剣闘士に割り当てられた御前試合出場枠は五つだが、今年は僕が皇帝陛下に一枠を与えられたので、残り四枠を他の上級剣闘士が争ったらしい。

 名前だけは確認出来たので、詳しい戦い方なんかは、追々調べて行くとしよう。


 帝都に来たなら必ず行わねばならない拝謁も、今回は何事もなく終わる。

 皇帝陛下が僕に目を掛けてくれてる事は間違いないが、だからと言って毎回特別扱いする訳にも行かないのだ。

 僕としても一時的に故郷に戻っていただけなのだし、大仰な出来事は望まなかった。

 毎回奴隷落ちだの褒賞だのがあったのでは、僕としても身は兎も角、心がもちそうにない。



 それから上級剣闘士に昇格した際に与えられた屋敷に帰り、屋敷の管理人、いかにもベテランと言った風情の壮年の男性に挨拶を受ける。

「お帰りなさいませ旦那様。仕えるべき主の帰還を、使用人一同心から嬉しく思います」

 なんて風に言う彼に、申し訳無い事に、僕は苦笑いしか返せない。

 まだそんなに使用もしてないこの屋敷を、僕としてはまだ自分の物だと思えていなかった。

 使用人だって全て覚えてる訳でもないし、感覚としては大分と豪華で贅沢な宿って所だろうか。

 とは言えこれから御前試合まで、御前試合中の数ヶ月はここで暮らし、使用人達の世話になるのだ。

 少しずつでも交流を深めて行かねばならないだろう。


 管理人、否、家令と呼ぼうか。

 彼の名前はカインス・バッフェルで、騎士の家の出らしい。

 身のこなしに隙が無いから、それなりに腕が立ちそうな気配はする。

 家令としての経験は豊富で、以前は貴族家に仕えていた事もあるそうだ。


 女中の纏め役はカインスの妻、グレースだから、この屋敷はこの夫妻によって管理されてると言って過言ではない。

 いや、寧ろ他に言いようがない。

 但し僕の御付きの女中はグレースでなく、若く見目の良いリーシャと言う少女なので、何となくだが、こう、そう言う意図を持って配置された人材でもあるのだろう。

 少しだが、リーシャが僕を見る目には怯えの色も混じっていたし。

 まぁ剣闘士にはそちらの欲が強い者も多いから、当然の配慮なのかも知れなかった。

 ただ、家出先で女中に手を付けて妊娠でもさせたなら、そう、妹からの御説教がどれ程の物になるか、考えただけで恐ろしい。

 だから僕がリーシャに手を付けるような事は、多分きっとないだろう。


 コックの名前はウェンズで、その手伝いや給仕は、ウェンズの妻のレーネ。

 屋敷の使用人達が暮らす離れには、二人の子供のケーリとレェーンも住んで居るそうだ。

 他にも数名の女中や庭師が居るが、うん、あまり会わない使用人は、そのうち覚えるとしようか。


 彼等使用人達の給与は、屋敷の維持費用の一部として、帝国が出してくれている。

 けれどもその出所と言えば闘技場の収益なので、上級剣闘士になったは良いがそれ以降は対戦をしてない僕が主では、彼等も肩身が狭い筈だ。

 だから、そう、まずは馬車旅で鈍った身体を練り上げて、久しぶりの対戦を行おう。

 複数が相手の勝ち抜き戦でも、獣が相手の闘獣戦でも、やらないよりはずっと良い。

 そうやって稼いだお金を屋敷に入れて初めて、僕はきっと彼等の主となれるだろうから。

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