3-2


 やられた。

 アラーザミアに向かう道中、休憩の為に荷物を開いた僕は、その中に手紙を見付ける。

 差出人は、妹であるマリーナに、弟のコラッドだ。


『お兄様へ。

 この手紙を読まれている時は、きっとお兄様が旅に出てしまった後でしょう。

 子供染みた真似をなさるお兄様に言いたい事は山ほどありますが、それはお帰りになられてから言わせていただきます。

 ですから、どうかご無事にお帰り下さい。

 路銀は別の袋に入れてあります。

 どうか他所の方にご迷惑をおかけしない様に。


 マリーナ・ファウターシュ


 兄様へ。

 一杯活躍なさって、どうかご無事にお帰り下さい。

 そしてまた剣の練習を見て下さい。

 それまで領地と姉様は僕がお守りします。

 お帰りをお待ちしております。


 コラッド・ファウターシュ 』


 うん、中々心に響く攻撃だった。

 まさか行動がまるっきり読まれていたなんて、羞恥心が倍増する。

 これなら互いに納得いくまで、じっくりと話し合いをした方が、……良くはないな。

 妹に口で勝てる気はしないし、説得出来る気もしない。

 危ない、危ない、危うくそんな気分にさせられる所だった。


 情けない話ではあるが、僕が領地に残っても、できる事はそんなにないのだ。

 外で得た名声でなく、実際の求心力があるのはマリーナで、領主としての正しい資質を持つのはコラッドである。

 ここから先の僕に出来る事は、外で戦って威を示し、余計な輩がファウターシュ男爵領に手出しする気を起こさせないようにするだけ。

 皇帝陛下が下さった軍団長の地位も、一代限りなら丁度良い。

 僕が軍団長としての役職に専念する為として、男爵位をコラッドに譲れば、きっとその方が上手く回る。

 その話を納得して貰う為の、貴族家当主としては如何な物であろうかという家出だったのだが、どうやらそれも読まれてしまっている気がした。


 まあ、仕方ない。

 全てが終われば、今度こそ改めて、腹を割って話し合おう。

 僕は当主として失格で良かった。

 只の一介の剣士、剣闘士として、ファウターシュ男爵領に利を齎したいのだ。

 そんな風にこれまで生きて来てしまったから、もう今更変われない。



 ファウターシュ男爵領を抜けて街道に出た僕は、通りすがりの旅商人の馬車に同乗させて貰い、アラーザミアを目指す。

 マリーナが路銀を入れてくれていた御蔭で、徒歩での移動をしなくて済んだのは幸いだった。

 全く本当に、良く気が付く妹だ。

 しかしコラッドが僕に剣を教わりたいと言うのは、何だかこう、少し嬉しい。

 でも剣を教えたとしても、コラッドが万一剣闘士をやりたいなんて言い出したら、僕はきっと反対するだろうから、家族達も多分似たような気持ちなのだろう。

 剣を振るしか能のない、不出来な兄だと自分を思うが、もうそんな事を言っても仕方ないので、僕は旅商人と世間話をしながらアラーザミアへと辿り着く。


 そしてその際、旅商人から少し気になる話を聞いた。

 何でも、拡大を続けるトーラス帝国を警戒した周辺国が、手を結んで対抗しようとしているとの噂があるらしい。

 この手の噂、特に商人の間で流れた噂と言うのは意外と馬鹿に出来ない物だ。

 農民は特にだが、職人や貴族だって、土地に縛られ生きて居る。

 だが一部の商人は物の流れと共に生きるのだ。


 安く買い取った物を高く売る。

 供給を需要へ流す。

 そんな流れの中に商人達は住んでいた。

 貴族だって領地への物や人の出入りは管理するが、その外の情報に関しては然程に、商人程に聡い訳じゃない。


 商人達はそんな流れの中で感じた違和感を、噂話として共有する。

 例えば食料が不足してる訳でも無い地域で、食料の需要が高まっているとしよう。

 考えられる事は幾つかあった。

 災害時の備えを作っているのかも知れないし、食料を加工した品、酒類等の開発をしてるのかも知れない。

 王族や貴族の婚礼に伴った祭りが開かれる事だってあるだろう。


 でも軍が戦争の為に糧食を買い集めてる場合だってあるのだ。

 食料品だけじゃない。

 武器類だってそうだし、荷を運ぶ為の馬車、馬なんかを集めたり、或いは道の整備が行われるのだって戦争の準備である可能性はあった。

 ファウターシュ男爵領やアラーザミアの辺りは建国期から帝国に所属しており、比較的中心部に近い地域だから、敵がここまでやって来る事はまず考え難いだろう。

 しかし授かった軍団長としての役割は、もしかすると意外と早く果たす事になるかも知れない。


 勿論本当は何の実態もない、噂の上だけの話だったなんて場合もあるのだけれども。

 無駄になっても良いから、心積もりだけはしておこう。

 否、寧ろ、そんな心積もりは、無駄になってくれた方が良いのだ。



 アラーザミアで旅馬車に乗り込み、帝都を目指す。

 馬車での旅はあまり動けないから、体は鈍る。

 帝都に着いたら、少し鍛え直さなければいけないだろう。

 まぁ時間の余裕はたっぷりあるのだ。

 特に問題はない。


 ただそういった事も含めて考えれば、帝都で行われる御前試合は、帝都の剣闘士にとって大分と有利だった。

 友人のマローク・ヴィスタが無事に出場枠を勝ち取ったなら、早目に帝都に移動する事を勧めよう。

 滞在場所は、僕が帝都に貰った屋敷の一室を貸しだせる。

 ……もし向こうが良ければアペリアだって誘いたいけれど、元々親しい関係ではないし、彼には以前の対戦で見損なわれているだろうから悩ましい。

 一応は、帝都に着いたらアペリアの担当をする興行師、ゴルロダに手紙を送ろうか。


 決して、そう、不利になる話ではないのだから。

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