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「ふっ、ふはははは、それで貴様は男爵領から家出してきたのか? はははははっ、笑わせおる。貴様は貴様でどうしようもないが、貴様の妹も大した物よな。確かに領主の戦いは領地経営であろう。貴様に向いて居ない事以外は至極尤もだ」

 皇帝陛下の耐え切れないと言わんばかりの笑いが、宮殿内の一室に響き渡った。

 別に受け狙いで行った行動ではないのだけれど、皇帝陛下の笑いを引き出せたなら、まあ良かったかなと思う。

 向かい合って座る僕の他に、部屋の中に護衛はいない。

 確かに領主貴族が帝都を訪れた際の拝謁は、僕だけを特別扱いをしては他の貴族に示しが付かないが、個別に招かれる分には全く話が別である。


「あぁ、まぁ、当人からすれば家の大事な問題よな。笑って済まぬ。いやでもこれだけ笑ったのは久方ぶりだ。取り敢えずはな、貴様の弟を帝都の貴族院に入れよ。経歴に領地を継ぐに恥じぬ箔が付く。推薦は余がしてやろう。前回の褒賞の余禄としてな」

 ふむぅ。

 成る程、それはとても良い話かも知れない。

 貴族院とは、法律、税の計算、軍略等々を学べる、貴族の子弟の学び舎だ。

 本来そこで学ぶには、伯爵位以上の家格と、多額の金銭が必要となる。

 ファウターシュ家の持つ爵位である男爵と、僕個人が持つ軍団長の権限を併せれば、家格としては伯爵家にもそんなに引けは取らない。

 子爵の子弟等でも、父である当主が大きな役職に就いていれば、貴族院に入る事は許されるケースがあると聞く。

 が、僕の場合はあまりに変則的な役職だから、多分正面からコラッドを学ばせて欲しいと申し込んでも、審査で落とされてしまうだろう。


 しかし皇帝陛下の推薦があるなら話は別だ。

 これ以上の権威は他にない。

 ……権威が高すぎて、寧ろ貴族院側が委縮しそうな話だった。

 金銭的には、まぁ僕が稼げば問題はないし、家も帝都の屋敷がある。

 貴族院で学ぶ事は知識的には勿論、得られる人脈的にもメリットが大変多いから、マリーナも反対しないだろう。

 そして何より、貴族院で学ぶと言う事は、当主がその者を後継として考えていると宣言するのと同様だ。

 ましてやそれを皇帝陛下が推薦するのであれば、その話は皇帝陛下も認めてる話って意味だった。


 つまり将来的に、コラッドにファウターシュ男爵の家督を継承する足掛かりにとしては、非常に大きな物となる。

 実に素晴らしい。

 流石は皇帝陛下だと、本気でそう思う。

「まぁしかしな、その話は次に貴様が故郷に帰る時の土産の一つとして持ち帰れ。今はな、もっと大きな土産、御前試合の優勝に注力して欲しい」

 しかしそんな皇帝陛下の物言いに、僕は少し引っ掛かりを覚えた。

 まるでそれでは、僕が優勝せねば皇帝陛下に不利益があるかのような物言いではないか。


 許されるならばそれが何故なのかは知りたいが、僕から問いかける真似はしない。

 そうせよと言われれば、実現のために最大限の努力をするだけである。

 尤も流石に御前試合の優勝は、僕も頑張ったからって確実に出来ると言う自信はないのだけれども。

 でも今回は、どうやらその理由も話してくれるようだった。



「貴様が旅の最中に聞いたと言う噂話はな。実は未だ成っていない、しかしそうなってもおかしくはないと言う話なのだ」

 眉を顰めて、皇帝陛下はゴブレットに注いだ葡萄酒をグイと呷る。

 僕も戴いてるが、物凄く品質の良い葡萄酒だからそんな風に飲むと勿体ないなと、どうしても少し思ってしまう。

 だが僕が聞いた噂と言えば、周辺国がトーラス帝国に対抗する為に手を結ぶって話の事だ。

 まぁ当たり前なのかも知れないけれど、皇帝陛下はあの噂の真相を御存知らしい。


「未だにその話が成ってないのはな。外交努力もあるが、簡単に言えば帝国の力と威を畏れるからだ。成りかけてる理由と同じくな。わかるか?」

 帝国の力を脅威に感じるが故に手を結びたいが、手を結んでしまえば帝国との敵対に向けて自ら一歩進む事になる。

 自国の窮地は救って欲しいが、他国の窮地を救いに行って帝国と揉めるのは御免被ると言った辺りか。

 要するに周辺国が手を結んでも、尚も安心できない程に帝国の力は強いから下手に対決姿勢を深める事はしたくない。

 それが、噂に聞いたその話が成ってない理由なのだろう。


 寧ろそうであるならば、あの噂話は、実現の為に敢えて広く流布してる最中なのかも知れなかった。

「その話を主導して成立させたいと考えている国は、西の強国、ウェーラー王国。そう、騎士と策謀と内戦の国だ」

 皇帝陛下が口にした国の名は衝撃的ではあったが、同時に納得出来る物でもある。

 衝撃を受けた理由は、彼の国が帝国とは積極的に友好関係を構築しようとしていたからで、同時に納得出来たのは、矢張りあの国なら裏表が激しくて当然だとの思いからだ。


 西の強国であるウェーラー王国は、貴族諸侯の力が強く、ここ百年程の間は途切れる事なく国内での戦いに明け暮れている国だと聞く。

 但し他国がその内戦に付け込もうとした場合は、一転して一致団結して殴り掛かって来るらしい。

 兵の質は戦いに明け暮れているだけあって非常に高く、特に騎士を名乗る連中は誰もが一騎当千の強者だと言われている。

 王家に仕える騎士ばかりでなく、貴族に仕える騎士や、独立領主である騎士、或いは傭兵の様に金銭を受け取ってあちらこちらに味方する自由騎士なんて物までいると言う。 


 さて騎士と内戦と言う言葉は既に出たが、騎士と内戦に続く彼の国を表す最後の言葉は策謀だ。

 その策謀は殆どが表に出る事はないけれど、内戦を続けながらも国の体制を保ち、時には国内の戦いに他国を引き摺り込んで勢力を拡張していると言う事実だけで、その恐ろしさは充分に知れる。

「表向きは友好的だがな。裏では色々としてくれているぞ。カルト染みた思想をばら撒いたり、剣奴の反乱を引き起こそうとしたりな。恐らくは帝国を揺るがす事で、周辺国を対帝国に傾かせたいのだろうさ」

 そう語る皇帝陛下の声、表情は共に、ウェーラー王国への煩わしさを隠しもしない。

 今語られた事例は二つだけだが、僕には伝えられない様な裏での色々は、きっと多分、山ほどにあるのだろう。

 そしてこの流れでその話が出されると言う事は、恐らく御前試合にも……。


「あぁ、そうだ。奴等は友好国として、御前試合の参加枠が欲しいと言って来てな。何でも自慢の騎士を送り込みたいらしい」

 僕の表情に理解の色を見て、皇帝陛下の話は続く。

 しかし剣闘士の御前試合に、ウェーラー王国の騎士か。

 空気が読めないにも程がある。

 以前、鎖帷子を仕込んだ服を着て、アラーザミアでの闘技場に出てた僕が言えた口ではないが、基本的にウェーラー王国の騎士は全身鎧だ。

 つまり血を流して見せる為に上半身を裸で闘う剣闘士とは、相性が物凄く悪い。


 アラーザミアでの僕が貴族だからと、鎖帷子を仕込んだ服を着ていたように、実は防具の着用を禁じるルールはないのだ。

 単に見世物として面白さを増す為に、暗黙の了解として血を流し易くしているだけの話で。

 でもだからって、ウェーラー王国の騎士に合わせて皆が鎧を着用しだしても御前試合は滅茶苦茶になる。 

 実際には未だ、鎧を着用して出て来るかどうかもわからないのに、鎧の使用禁止を御前試合のルールに盛り込むのも、友好国なだけに難しい。

 お前等は空気が読めないからルール設定をしたぞと言い放つも同然だろう。

 主催国として、向こうから言い出したにせよ招く側としては、それは如何にも拙い。


「……単に自国の威を見せ付けたいのか、それとも他に何かを企んでいてそちらから目を逸らしたいのか、わからん。故に貴様か、そうでなくてもトーラス出身の剣闘士の優勝が望ましい。無論、己の実力のみでな」

 酒の匂いがする溜息を一度吐き、皇帝陛下はそう言葉を口にする。

 つまり僕やマローク・ヴィスタならば良いけれど、アペリアはあまり望ましくないって事だろう。

 剣奴の反乱を引き起こそうとしたって話もあったし、アペリアのように南方から戦争に負けて連れて来られ、成り上がった奴隷が御前試合で優勝したなら、当人の考えは兎も角としても、旗印にはし易いのかも知れない。

 実に面倒臭い話だった。

 何が面倒臭いかと言えば、

「全く、何が腹立たしいかと言えば、今回の御前試合を素直に楽しめない事だ。だからな、貴様には期待しているぞ」

 そう、折角の御前試合を、下らない策謀で引っ掻き回されると、楽しめる催しではなくなってしまうではないか。


 僕は面倒臭いと感じ、皇帝陛下は腹立たしいと感じる御前試合に絡む策謀。

 けれども皇帝陛下が期待してるとまで口に出してくれたのだから、少なくとも僕の対戦だけでも、純粋に楽しんで戴ける様に、力を尽くそう。


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