2-13
僕の上級剣闘士への特別昇格が決まったのは、トロールとの対戦の翌日だった。
通常の選考とは別の、特別昇格が行われた事で、対戦を避けていた剣闘士や、興行師への批判は、徐々に収まりつつあるらしい。
あの僕とトロールとの戦いは、暫くの間は帝都中で語り草となるだろう。
しかしまぁそんな話はどうでも良く、最も大事なのは、僕が上級剣闘士へと昇格した為、剣奴の身分から解放された事である。
そう、僕は漸く悪名を払い、誰に恥じる事もなく自由の身分を勝ち取ったのだ。
「貴様は面白い奴だ。トロールと戦わされた事を恨むどころか、余に感謝をするとはな。貴様のその忠義は、或いは余の宝となるであろうよ」
そんなお言葉と共に、皇帝陛下からは主命を成し遂げた褒賞として、新しい剣に鎧、大量の金銭の他、御前試合への出場権と軍団長の地位が与えられた。
尤も常設軍の軍団長への任命という意味ではなく、有事の際に広く募兵し、独自の軍団を編成して動かす権利なんだとか。
要するに現状では形だけの地位だが、毎年それなりの手当が支払われるし、実際に軍団を持った際にはかなり自由に動ける裁量があるそうだ。
ただしこれは、悪用しようと思えば幾らでも悪用の出来てしまう地位だから、少し怖くもあったのだけれど、
「貴様は帝国を裏切らんし、使える人材に相応しい地位を与えるのは余の役割だ。余が働きには報いる事を示す意味もある。その程度の権限は持っておけ。いざという時の為にな」
褒賞を受け取る際にそんな風に言われてしまっては、地位を悪さに使うなんて真似が出来る筈もない。
その他に上級剣闘士用の屋敷も貰えたが、でも利用はまだずっと先になるだろう。
そう、悪名を晴らすと言う目的を達成した今、まだ御前試合には出ていないけれども、僕は一度ファウターシュ男爵領に帰還する事にしたのだ。
流石に今回の件では大分と家族に心配をかけたし、皇帝陛下に貰った報奨金の一部で買い取った、カィッツ、グリーラ、スェルの三人も連れ帰らねばならない。
因みに三人の中で一番中級への昇格が遅かったのは、元リーダーだったカィッツで、この旅立ちの一週間前にギリギリ滑り込みで昇格が決まった。
別に多少なら待ってやる心算はあったのだけれど、まぁ必死に頑張った事に関しては、素直に褒めてやりたいと思う。
「いやぁ、お前さんが居なくなると、仕事が減ってせいせいするな」
そんな風に満面の笑みで冗談を言って、僕と握手を交わすのは、出会った当初よりも大分痩せた興行師のドランだ。
確かに彼には、対戦相手を見付けて貰う為に駆けずり回って貰ったが、その分以上に稼がせてやった筈である。
だからこれでお別れだなんてとんでもない話であった。
「いや、半年後の御前試合までには帝都に戻って来るから、次は上級剣闘士としての対戦を組んで貰うさ。稼ぎになるぞ。嬉しいだろう?」
絶対に逃がさないとばかりにしっかり手を握ってやると、露骨に嫌そうな顔になるドラン。
実に失礼な話である。
僕は出た対戦の殆どで、興行師の利益となる様に盛り上げ、相手を無駄に殺さない様にもしていると言うのに、一体何が不満なのだろうか。
「トロールをぶった切って殺す様な奴と戦いたい剣闘士が居る訳ないだろうが。……全くよ。でもまぁ、お前さんの試合なんて、俺以外に組める興行師は居ないだろうから、仕方がないから待っててやるさ」
そう言って、まだ多少面倒臭そうだったが、笑みを浮かべたドラン。
そうそう、それで良いのだ。
正直な所、帝都の剣闘士には少しばかり失望させられてしまったから、出来れば上級での戦いで見直させてほしいと思う。
色んな事はあったけれども、僕は闘技場と、剣闘士が好きだから。
……まぁ、魔物は少しも好きじゃないから、もうあんな面倒臭い、闘魔戦はごめんこうむるが。
魔物を倒せばその魔力を吸収し、強くなれるなんて噂話を聞いたが、特に今の所は何の変化も感じない。
つまり全く以て、戦って楽しくないし、面倒なばかりで嬉しい事だって何にも無いのが、魔物と言う存在なのだ。
「ルッケル様、馬車が出る時間ですぜ」
ドランとの別れを惜しんでいた僕に、カィッツがそう声を掛けて来る。
振り返れば、これから乗る予定の旅馬車に、グリーラが老夫婦の乗車を手助けしていた。
スェルは何をしてるのかと言えば、御者と何かを話し込んでる。
よし、僕も行くとしよう。
「じゃあ、また」
そう言って僕はドランに背を向け、馬車に乗り込む。
その際に御者が、
「どうぞ宜しくお願いします」
なんて言って来たから何事かと思えば、スェルが先程話し込んでいたのは交渉だったらしい。
万一旅の最中に盗賊の類が出た場合は、僕等が撃退する代わりに御者が報酬を払ってくれるって内容で纏まったそうだ。
そんな事をしなくても、今の僕は皇帝陛下からの報奨金で割とお金持ちなのだが、まぁ彼等の小遣いには丁度良いだろう。
僕に黙って勝手に話をまとめた事に関しては、ファウターシュ男爵領に辿り着けば、妹に一から教育を受ける筈。
妹のマリーナは僕の様に甘くないので、是非とも頑張って貰いたいものだ。
「まぁまぁグリーラさんにはお世話になりました。ご主人さんは、凄い剣闘士さんで、しかも男爵さんなんですってねぇ」
にこにこと頭を下げながら挨拶して来る老婦人に、僕も頭を下げて言葉を交わす。
周囲の乗客はその言葉に驚いた様な目でこちらを見るが、どうやらこの老婦人は、僕の事を知らないらしい。
とても穏やかそうな人だから、血生臭い闘技場の噂なんかとは縁遠い人なのだろう。
僕も少し、穏やかな気分になる。
「グリーラは気の良い男ですから、困りごとがありましたら遠慮なく申し付けください」
そう言ってグリーラに視線をやれば、彼は照れたように頭を掻く。
……グリーラが気の良い奴なのは確かだが、男が照れても可愛くも何ともないし、後身体が大き過ぎて馬車が狭い。
やがてガタガタと揺れながら、馬車が前に進み始めた。
この数ヶ月、馬車にはしょっちゅう乗ってたけれども、今日の行き先は闘技場じゃない。
それが何だかおかしくて、思わず少し笑ってしまう。
どこか遠くで、鳥がぴろぴろと鳴いている。
とても良い、旅立ち日和だ。
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