2-11


 相変わらず対戦相手には恵まれないが、行われる対戦には全て勝利し、僕は中級の上位へと昇格を果たす。

 けれども初戦で『旋風のバストゥール』を倒した事の影響は、そこで終わりではなかった。

 最有力候補だったバストゥールは怪我の治療の為に今年はもう戦えず、上級昇格を巡る争いは、中級上位の間で激化しているらしい。

 但し、僕を除いてはの話である。


 一度一度の対戦に間が空いてしまった為、僕が中級の上位へと昇格したのは、上級昇格者の選考まで後一ヶ月に迫った頃合いだった。

 しかし中級上位の剣闘士を抱える興行師達は、上級昇格争いに僕を加える事を拒む。

 つまり後一ヶ月の間、僕に有名な剣闘士との対戦を組まないように協定を結んだのだ。

 今の僕は、倒した有名な剣闘士が『旋風のバストゥール』のみである為、このままでは上級昇格の見込みは限りなく薄い。

 手出しをしなければ勝手に選考から漏れる、急に出て来た厄介者と対戦を組んでくれる程、帝都の興行師達は甘くなかった。


 何とか対戦を組もうと、僕の担当興行師であるドランも方々を駆け回ってはくれているが、どうにも分は悪そうだ。

「こんなのはな、興行師として絶対に許せない事なんだ。実力はあるのに、実力があるからこそ上に行けないなんて事はあっちゃならんのよ。帝都の恥だぜ……」

 そんな風に言うドランだが、だとしてもどうしようもない物は、どうしようもないだろう。

 せめて皇帝陛下が、自分が観戦しに行ったからだなんて風には、思わないでいてくれたら良いのだけれども……。


 けれども、僕自身もそう、諦めかけていたある日の事だった。

「一つだけ手が見つかった。でもこればっかりは強制出来ない。受けるかどうかは、お前さんが決めてくれ」

 外出先から戻ったドランが、僕を部屋に呼び出しそう言う。

 有名な剣闘士は誰一人僕との対戦を受けないが、でも有名な剣闘士以上に、倒せば実力を証明できる相手がいる。

 確かにそれを倒せば、他の剣闘士なんて問題じゃなく、上級剣闘士への昇格枠を勝ち取れる筈だ。

 何故ならそれは人ならざるモノで、しかし単なる獣とも違う。


「他に手はないな?」

 そう問う僕に、ドランは頷く。

 ならば、そう、仕方がない。

 恐らくきっと、この話はドラン一人で勝ち取った物ではなかった。

 僕の為に、動いて下さった方が居る。


「なら受けるさ。たとえそれが『闘魔戦』でもな。確か今、闘技場で確保している魔物は……」

 僕はそれを思い出し、溜息を吐く。

 今闘技場で確保されてる魔物は、人よりも体格の大きな猿、巨大猿を原種とする、森の猿人『トロール』だ。



 その周知には、帝都中が湧き返ったらしい。

『貴族のままに皇帝陛下の意向によって剣奴に落とされ、けれども剣闘士として勝利を重ね、自由を得るまで後少しに迫ったルッケル・ファウターシュ男爵が次に戦うのは、人でなく魔物のトロールだ』……と。

 少しでも多くの観客が入れるように、その対戦は帝都最大の闘技場、中央闘技場で行われる。

 実に大袈裟な話になっていた。


 僕との対戦を避けたとされる剣闘士達には批判が集まり、興行師達はその批判の鎮火に大忙しだとか。

 もし僕がトロールに負けて、別の剣闘士が上級昇格を果たしたとしても、決して歓迎されないであろう空気が出来上がってしまっている。

 だから本当に、皆が僕の勝利を願っているが、でも同時に、皆が人間が単独で、しかも武器のみで魔物に勝利するのは不可能だと考えていた。

 例外は、皇帝陛下にドラン、後はカィッツにグリーラにスェルの三人と言った、僕を良く知る人のみだろう。

 そう、僕は、勝ち目のない戦いに飛び込む人間ではない。

 僕が戦いの場に立つ時、それは充分な勝算があるからこそ、その勝負に挑むのだ。



 そして戦いの日。

 僕は矢張り挑戦者で、後からの入場だ。

 と言うよりも、トロールが入った檻は、昨日の晩から闘技場の中央に置かれているらしい。

 当然餌は与えられておらず、檻の中のトロールは、観客席の人間達を血走った目で見詰めている。

 仮に今トロールが檻から逃げ出せば、大惨事が起きるだろう。


 僕より先に、兵士達が入場し、ぐるりと武器を構えて壁際に並ぶ。

 最悪の場合は兵士達が壁となって抑える間に、捕獲用の網や縄を投げて捕らえる手筈なんだとか。


 今日の僕の武器は両手持ちの長剣と、腰に吊るした小剣だった。

 流石に魔物の膂力が相手となると、盾を持つ意味は薄い。

 ならば少しでも威力のある武器を、という訳である。

 まあ尤も、トロールの毛皮は並の鉄の武器は弾き返してしまうのだけれど。


 しかしそこは僕の実力を、というよりも、以前に習ったミルド流の実力を見て驚けといった所だ。

 まるでこの状況の為に用意されたような隠し芸、……もとい技がちゃんとあった。


 貴賓席には、今日はお忍びでなく堂々と、皇帝陛下が座っておられる。

 対戦開始の合図も、皇帝陛下が出されるらしい。

 ならば僕は、あの御方の期待に応え、今日も勝利を捧げよう。


 全身の気を滾らせて、僕は門を潜って闘技場を歩く。

 それを感じ取ったのか、観客の方を見ていたトロールの視線が、大慌てでこちらに向いた。

 流石は魔物だ。

 僕を前にしても油断していたバストゥールよりも、ずっと危機に敏感である。

 観客の歓声を浴びながら、僕は闘技場の中央に立つ。


「ルッケル・ファウターシュ男爵よ。良くぞ再び余の前に立った。貴様に多くの言葉は必要あるまい。戦え! 剣を以て貴様の正しさを証明せよ!」

 皇帝陛下の言葉に、トロールの檻の閂が外され、ロープが引かれて扉が開く。

 さぁ、戦いの始まりだ。

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