2-8


 あの後、更に二週間後に僕と同室の仲間は、次は共に闘獣戦に駆り出された。

 と言っても相手は二十頭程の狼の群れだったので、特に語るべき見所もなく終わる。

 前に見た闘獣戦は五人で十頭だったとか、言っても仕方の無い事には触れるべきではないのだ。

 それに狼程度なら、グリーラが怯みさえしなければ数は然したる問題にならない。


 逆に言えば彼が怯むと一気に崩れるのだが、戦いの場になればグリーラの胆は自然と座る。

 なかなかどうして、その大きな背中は頼りになった。

 鮮やかに得た勝利が自信となって、グリーラだけでなく彼ら全員に力を与えているのだろう。


 闘獣戦に出されたのにも理由があって、何でも僕が初戦で倒してしまった相手が中級への門番役だったらしく、それ以上の相手を用意出来なかったのだとか。

 という訳で、晴れて僕は今日から中級へと昇格する。

 興行師のドランに貰った振る舞いの酒を、祝いと称して同室の仲間達と共に飲む。


「俺、何時か剣奴の身分から解放されたら、絶対にルッケル様にお仕えします」

 たった一杯で酔ったのか、顔を真っ赤にしてそんな事を言ったのは、部屋のリーダーだったカィッツだ。

 その言葉に、我もとばかりに頷くグリーラとスェル。

 全く以て、夢見がちな事を言う連中である。


「分不相応な事を言うな。貴様等の才で高望みをすると早死にするぞ。貴様等に望めるのは中級への昇格までだ」

 だから僕は、祝いの席であってもこう言わずにはいられなかった。

 僕はコイツ等に、同室の仲間たちに早死にして欲しくはないから。

 だって、彼等がちゃんと生き残ってさえいたなら、

「だが貴様等が私に仕える事を望むなら、私が解放されて帝都での目的を果たしたら貴様等を買い取ってやる。当然、その時までに貴様等が中級に昇格していたらの話だがな。下級は要らん」

 貴族である僕は、彼等を買い取る権利だって生まれるのだ。

 現実的に彼等が生き残るには、それより他に道はない。


 驚きに三人は目を見張るが、僕はこの三人にはそれなりに手間と暇をかけている。

 これから先に剣闘士として稼ぐ金で、その成果を買い取れるなら、僕にとって決して損な取引じゃない。


 僕は先の冷害を、領民を売らずに切り抜けた誇り高きファウターシュ男爵だ。

 この三人がやはり冷害が故に売られ、やがてはその命を浪費するというのなら、僕が拾おう。

 カィッツも、グリーラも、スェルも、無為に失うにはあまりに勿体ない人成りと、才覚を持っている。

 短い付き合いではあるけれど、僕はそれをはっきりと見て来た。


 だから、そう、

「だからな。貴様達は早死にはするな。ついでに次に部屋に入る新人の面倒もちゃんと見てやれ。良いな? 私に仕える心算なら、これは主命だぞ」 

 彼等には何が何でも生き残って貰わねば、困るのだ。

 恐らくこの帝都では、消耗品として扱われる下級剣闘士で居るより、中級に上がった方が生存率は高くなるだろう。

 その言葉に三人が、カィッツが、グリーラが、スェルが、跪いての誓いを口にして、僕の下級剣闘士としての生活は約一ヶ月の期間で終わる。


 さぁ、僕にとってはここからが本番だ。



 中級剣闘士からは、剣奴であっても個室が与えられる事になり、食事や訓練の場所も下級剣闘士とは別になる。

 あらゆる意味で、全ての扱いが変わるのだ。

 稼いだ金を使えば娼婦を部屋に呼ぶ事も出来るし、僕には縁がないだろうが、ファンが部屋に忍んで来る事もあるらしい。

 但しそれでも、奴隷の身分からも解放される上級剣闘士の待遇とは、比較の対象にすらならないけれども。


 とはいえ中級剣闘士と一言に括ってはいても、大雑把に三種類に分類出来る。

 一つ目は中級剣闘士の扱いに満足してしまい、停滞を選択した者。

 この場合、年を経たり大怪我をした場合、自由民なら引退して終わりだが、剣奴は処分戦に回されてしまう。

 腕と頭が良ければ訓練場で教官を務める場合もあるが、その枠の数は限られている。

 二つ目は、更なる富と名誉を求めて上級剣闘士へと駆け上がらんとする者。

 つまり僕のライバルだ。

 上級剣闘士への昇格枠には限りがある為、その枠を巡っての争いは必至である。


 そして最後の三つ目が、闘技場に魅せられ、血と切り合いに生き甲斐を見出してしまった狂人タイプ。

 もちろんこの手のタイプも闘技場が盛り上がる為には必要なのだが、危険度は他の二つよりも格段に高かった。

 貴族のままに剣奴となった僕はどうしても注目度が高いから、こういった危険なタイプからも、恐らく目を付けられてしまうだろう。

 ついでに中級の闘技場からは貴賓席もあるので、興味を持った貴族のちょっかいが始まるのも中級剣闘士からだ。

 皇帝の意向に背いてまで手を出して来るような馬鹿、もとい度胸のある貴族はそうは居ないだろうが、注意をしておくに越した事はない。


 因みにこの三種類のタイプ分けの他に、当然ながら位置付けとしての分類もある。 

 中級の下位、中位、上位と言う形だ。

 普段の待遇に明確な差がある訳ではないけれど、戦いで得られる報奨金は大きく違った。

 僕は中級に昇格したばかりなので、上級剣闘士を目指す、中級下位の剣闘士って扱いになる。

 中級の下位から中位にかけては停滞を選んだ剣闘士が多く、中位から上位にかけては上級を目指している剣闘士が多いだろう。

 だから下位では不利と見れば、大きな怪我をする前に戦えなくなったフリをする剣闘士もいるし、逆に上位では明らかに追い込まれても大怪我をするまで諦めない者も居ると聞く。


 まぁ何にせよ、それ等も全て次の対戦が決まってからの話である。

 今日は早速入浴をして、それから久しぶりのベッドでの惰眠を堪能するとしよう。

 何せこの一ヶ月は、ずっと偉そうな外面を作りっぱなしだったのだ。

 必要だったからとは言え、肩肘が張って仕方ない。

 それに試合がなくとも食事に期待出来るというのはとても有り難かった。


 その日、僕はゆっくりと、中級剣闘士に昇格した恩恵を味わい、身を委ねる。

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