2-7

 チーム戦の話を聞いてから三日後、僕と同室の仲間達はひとかたまりになって馬車から下ろされる。

 今日の対戦は午後で、闘技場へは昼食を取ってから運ばれた。

 もちろん僕は少なめで食べるのを止めたが、仲間達はこれが最後の食事かもしれないとばかりに腹一杯に詰めようとしたので、軽く殴って止めておく。

 全く、困った連中だ。

 僕が付いてる以上、そんな事がある筈ないのに。


 ただ仲間達の不安も、故無き物とは言えない。

 基本的に下級剣闘士の対戦は午前中に、中級以上の剣闘士の対戦は午後に行われるのだが、今回のチーム戦のような特殊な対戦に関しては、下級剣闘士も午後に戦う。

 例えば闘獣戦や、闘魔戦なんかも午後に行われるそうだ。

 闘獣戦は狼の群れや、虎や獅子等の肉食獣との対戦で、闘魔戦は魔物の類と戦わされる。

 大抵の場合は、……特に闘魔戦は、剣闘士が勝つ事は想定されず、観客に凄惨な虐殺を見せ付ける為のショーだった。

 つまり午後の馬車に乗った下級剣闘士の多くは、そのまま帰って来やしない。


 虎や獅子もそうだが、運良く捕縛出来た魔物の価値なんて、下級剣闘士とは比べ物にならないのだから当然だとは思う。

 僕も闘獣戦や闘魔戦は、苦手な部類である。

 何せ獣や魔物が相手だと駆け引きも何もあったものじゃないから、小技は意味を成さないし、観客の期待も虐殺に向いているので流れを掴み難い。

 盛り下げないで勝利する為には雄々しく戦う事で観客を魅了する必要があるが、あまり僕のキャラ向きじゃないのだ。


 ただ獣はともかく、魔物が得意って剣闘士は恐らく存在しない。

 何故なら魔物とは、人間の中にも強い魔力持ちが生まれるように、獣の中にも強い魔力を持って生まれる存在だから。

 人間の場合は、特に貴族が魔力の量をステイタスとし、魔力持ちの血を取り込むなどして持て囃す。

 だが人間と違って魔力を持った獣は変質し、元の種よりも強く大きく、人間にとっての脅威となってしまう。


 ちなみに僕は、貴族としては低めの魔力しか持っていない。

 そして弟のコラッドは貴族として平均的な、妹のマリーナは魔術師にだってなれるだろう程の魔力を持って生まれた。

 大貴族に目を付けられない為、マリーナの魔力に関しては隠しているけれども。

 まぁその点でも、僕よりもコラッドの方が、領主としては向いている。


 さておき、魔物の厄介な所は、持って生まれた魔力を身体能力の強化や、爪牙の鋭さ、毛皮の硬度の強化にも使う所だ。

 強い魔物になると、目以外の場所は鉄の槍を使っても傷の一つも負わせられなかったとか。

 そういった魔物に対抗する為には、魔術師が出張るか、魔術師が魔力を付与して切れ味を増した武器、魔剣を使うか、魔力を剣に纏わせる剣技、魔技を使うより他にない。

 ……まあもちろん、そのどれもが単なる剣闘士には縁のない話だろう。

 故に魔力なんて物とは縁のない剣闘士にとって、闘魔戦は単なる処刑以外には成り得なかった。



 しかし幸いな事に今日の僕等の相手は単なる人間だ。

 チーム戦は確かに特殊な対戦形式だが、その為の用意はこの三日で出来ている。

 仮に僕等が騙されていて、闘技場に入ったら魔物が出て来た! なんて事になっても僕が斬るから問題はないと、気後れしている仲間達の背中を押す。


 何時も通りに待機所から闘技場を覗けば、今行われているのは闘獣戦だった。

 五人組の剣闘士に対し、十頭程の狼の群れが放たれる。

 隊伍を組み、キチンと防御に徹すれば勝利の目もあるだろうが、そう言った教育を受けていない剣闘士達は戸惑うばかりで、結局バラバラに戦う。

 せめて指揮を執れる人間が一人居れば違うのだろうが、残念ながら五人の剣闘士の中ではリーダーすら決まっていない様子。

「グリーラ、見てみろ。あそこに貴様が居れば、狼の牙等物ともせずに皆を守り、その間に仲間が敵を倒すだろう」

 哀れには思うが、彼等はもう助からない。

 悲鳴を聞くだけでは、僕の仲間達は余計に委縮するだろう。


「カィッツ、貴様もだ。どうやって網を打てば、数を止めれるかはわかるな? 安易には網を打つなよ。束ねた網は爪牙を防ぐ盾にもなる」

 だから僕は、仲間達に敢えて闘獣戦を見させた。

 どうすれば同じ目に合わずに済むか、生き残り勝利を掴めるかを考えさせる為に。

「スェルならどう動くのが正解かはわかるだろう? 他の二人に教えてやれ」

 死を乗り越えれば、剣闘士はしぶとく死に難くなる。

 そしてそれは、別に自分の死である必要はない。

 他人を殺し、他人の死について考え、それを飲み込む事でも、己の死を乗り越える程ではなくとも効果は出るのだ。



 そうして、やがて僕達の出番が回って来る。

 他人の死を見て、また自分と彼等の違いを感じて、仲間達は冷静になっていた。

 相手のチームが先に闘技場に出て、僕等を待ち受けている。

 つまり相手のチームが、僕の存在を含めても格上だと判断されているらしいが、だからと言って誰も今更怯えない。

「槍持ち二名、剣持ち二名。作戦に変更は無し。練習通りにグリーラを要として動く。やれるな?」

 問えば、短く応と全員が返して来る。

 三日間の訓練の仕上げは、たった今完了した。

 なかなかどうして、短期での促成とはいえ頼もしくなる物だ。


 戦いが始まれば、僕等はグリーラを頂点とした、三角形の陣を敷く。

 前に一人、大盾を構えたグリーラが出て、右翼、右後方に僕が控え、左翼、左後方をカィッツとスェルが守る。

 グリーラのようにデカい男が大盾を構えると、並の攻撃では決して抜けない。

 目の前に大きな石壁がある様な物だ。

 故に回り込む為に敵は左右に分かれざるを得なくなるが、四人全員で一度に掛かって来るなら兎も角、半数の二人が相手なら僕が後れを取る可能性は皆無である。


 左翼では、カィッツの投げた投網に二人が掛かり、

「殴れグリーラ!」

 指示出し役のスェルの言葉に、グリーラが網の中の二人に向かって鈍器、鉄槌を叩き付ける。

 鈍器なら、網の上からでも攻撃力に大した違いは出ない。

 戦いの趨勢は一瞬で決した。


 僕が相手をする二人の力量は、中級に届くか届かないかと言った所だ。

 恐らく四人ともが、下級の中では期待された剣闘士だったのだろう。

 その才を惜しいとは思うけれども、今日の僕が優先すべきは、名も知らぬ新鋭ではなく、名を知る同室の仲間達だった。

 カィッツが投網の中を短槍で突き、左翼の敵は全滅する。

 後は四人掛りで右翼の敵を囲んでしまえば、相手側にはもう逆転の目はない。

 選べる道は、死か降伏のみである。


 一方的で鮮やか過ぎる勝利は些か盛り上がりに欠けるけれども、今回ばかりはそれも勘弁願うとしよう。

「勝鬨を上げろ!」

 僕の言葉に、武器を翳した三人が喉が破れんばかりの大声を発する。

 正直、指示しておきながら『喧しい』なんて思うけれども。

 でもそれでも、彼等の顔はとても晴れやかだった。

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