2-6
それから二週間、まぁ僕は平穏に過ごしていた。
週に二度、三度は対戦はあるが、最初のアレは何だったのかと思うくらいに普通の下級剣闘士が相手なので、別に問題は何もない。
いや寧ろ、相手が弱いと盛り上げるのが難しくて苦労する。
「なんでお前さんはわざわざ客を煽って盛り上げるんだ? 普通に勝てば楽だろうがよ。場の盛り上がりなんて下級の剣闘士が気にする事じゃないんだぞ」
なんて風にドランは呆れていたが、前職の癖と言うか、もう性分なので仕方がないのだ。
初の貴族位を持った剣奴と言う訳のわからない肩書の効果もあって、帝都では僕の事が割と噂になっており、僕の対戦がある日は闘技場の観客が倍増するらしい。
実に良い事だと思う。
それを素直に喜び、ついでに食事のグレードを上げろと言えば、葡萄酒を差し入れてくれたのでドランはとても良い奴だ。
一方、あまり平穏でないのは同室の連中だろうか。
彼等は通常の訓練に加えて、僕からのしごきも受けているので、毎日が割と大変そうである。
しかしその御蔭で防御の形は少しずつ物になって来たし、スタミナも付いて動ける量が増えて来た。
四苦八苦しながらではあるが、闘技場で死ぬ事もなく、顔ぶれは今の所入れ替わっていない。
部屋のリーダー、デカい方、細い方と覚えていた彼等の事も、名前で認識するようになった。
前から順番に、カィッツ、グリーラ、スェルと言う。
カィッツは二十三歳の元漁師で、身のこなしもバランス感覚も腕力もある。
多分投網と短槍を使う、網闘士になれば中級にだって届く筈。
グリーラは二十八歳の元木こりで、動きは鈍いが腕力は強い。
意外と度胸もあるので、大盾を持ち、手甲に脚絆、兜を付けて鈍器を使えば、意外に化けるんじゃないだろうか。
スェルは二十一歳の狩人で、身のこなしは鋭いが腕力は三人の中で一番劣る。
しかし日常的に獣を狩っていた彼は肝が据わっており、戦う事への忌避も少なかった。
弓を使えれば一番なのだろうが、剣闘士である以上それは難しいから、オーソドックスに小盾と直剣を持ち、小技を教え込めば生き残れるだろう。
僕が何時まで下級に居て、彼等をしごけるかはわからないけれど、そろそろ防御だけじゃなく適したスタイルの指導もしてやりたい。
そんな事を思っていた時だった。
訓練所でドランに呼び止められた僕は、次の対戦相手を聞かされる。
「次のお前さんの対戦は三日後で、四対四のチーム戦だ。最近同室の連中と何だかんだしてるだろう? 奴等を率いて戦って来い」
なんて風に。
あぁ、流石はドランだ。
なんと好都合な話を持って来るのだろうか。
チーム戦であるならば、同室の連中に新しいスタイルを取らせる為の理由には丁度良いし、三日もあれば多少は仕込める。
正直な所、彼等の剣の腕はまだまだ低いので、別の武器を使わせた所で今ならそんなに差は出ない。
そして最悪の場合、下級の剣闘士が四人くらいなら、殺さぬように気遣うのは不可能でも、その気になれば僕一人で倒し切れる相手であった。
「はぁ?! 三日後にアンタと組んで試合なのに、今から武器を持ち変えろって、ふざけてんのかよ!」
まぁこういう反応になる事も知っていたが。
あまり深く考えずに、武器を持ち変えるって部分にだけ反応して文句を言うカィッツ。
わかり易くて嫌いじゃないが、多少五月蠅い。
「カィッツ、五月蠅いぞ。貴様は元漁師だろうが。投網や銛くらいは打てるだろう。下手くそな剣より多少はマシだ。生き残りたければ言う事を聞け」
名前を呼び、噛んで含める様に教えてやれば、カィッツは黙り込んで改めて言葉の意味を考え始める。
別に頭は悪くないのだから、最初からそうやって考えて欲しい。
「お、俺もなのか?」
おずおずと問うて来るのはグリーラ。
大盾や手甲、脚絆に兜の使用は、多少ドランが渋ったが、説き伏せて許可は取ってある。
「あぁ、でかくて頑丈な貴様は要だぞ。グリーラ、私の期待に応えて見せろ。その為の方法は三日で仕込んでやる」
そんな風に言ってやれば、グリーラは嬉し気に目を輝かせた。
もちろんその言葉に嘘はない。
頑丈で大きいグリーラが装備を固めればその威圧感は相当で、上手く扱えば戦況を大きく有利にしてくれるだろう。
「オレはそのままで良いんですかい?」
他の二人に対してやや羨まし気なスェル。
少し彼には申し訳ない気もするが、適性を考えれば今のままが一番だろう。
当然、だからといって他の者に与えるのと同等の物は、スェルにだって与えるけれども。
「闘技場では弓は使えないからな。でも私が得意なのも剣だ。スェルには幾つか技を仕込んでやる。目端の利く貴様なら有効に使えるだろう」
僕の言葉にスェルは照れ臭げに、肩をすくめてみせる。
捻くれた仕草だが、それは別に構わない。
三人ともが納得してくれた様子なので、早速訓練を開始しよう。
周囲からはまた妙な事をやり始めたのかと好奇の視線が飛んで来るが、その成果は三日後の御楽しみと言った所である。
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