1-9
それから半年が経ち、ファウターシュ男爵領にも収穫の時期を迎えた。
豊作とまでは行かなかったが、例年通りの収穫を得て、久しぶりに訪れたファウターシュ男爵領は完全に立て直せたように見える。
どうやらアラーザミアで僕のパトロンをしてくれていたザルクマ伯爵夫人が、裏で色々と手を回してファウターシュ男爵領の立て直しに力を貸してくれていたという。
可愛い代理騎士へのプレゼントだと笑っていたが、本当にあの優しいイトコには頭が上がりそうにない。
その御蔭もあって、これまでの稼ぎと今年の収穫を合わせれば、負債も全て完済だ。
だから僕は、最後に残ったこの名前、ファウターシュ男爵家の当主を弟、コラッド・ファウターシュに渡す為に男爵領に帰って来た。
……のだけれども、まさかあんなに妹であるマリーナ・ファウターシュに叱られ、あまつさえ大泣きされるとは思ってもなかった。
僕は割と頑固だと言われるが、妹はそれ以上だと思う。
「散々泥を塗った名前をコラッドに継がせて、お兄様はそれで満足なのですか?」
「お兄様が追放されれば解決する? コラッドに、実の兄弟を追放させると?」
「私がコラッドの後見ですか。つまりあの子が大きくなるまで私に行き遅れろと、そうお兄様は仰るのですね」
「逃げないで下さい。家名に泥を塗った位がなんですか! そんな泥、帝都の御前試合で優勝でもすればあっと言う間に拭えます。本当に腕自慢だったら、それ位はして下さい」
なんて風に、涙を流しながら言う妹に、僕は反論の言葉をなに一つ口にできなかった。
いや、帝都の御前試合で優勝って、上級剣闘士になってからじゃないと大会に出場もできないから、無茶苦茶大変なんだけれども。
それ位はファウターシュ男爵としてやって見せろと、妹は言ったのだ。
僕が途中で力尽きて命果てたなら、妹は髪を切り、一生を独身で領地を支える覚悟を決めるからと。
そんな風に。
もう、本当に、重い。
借金を返せば身軽になれると思ってたのに、なんでもっと重い物を僕は背負っているのか。
その話の間、弟のコラッドはずっと僕の腰にしがみ付き、死なないでと泣いていた。
でもマリーナの無茶な期待も、腰にしがみ付くコラッドの物理的な重さも、何故かどこか心地良いのは、僕が彼女と彼の兄だからだろう。
この重さは、間違いなく家族としての愛の重さだ。
だって、家で過ごす間、食卓に並ぶのは全てが僕の好物ばかりだったし。
この半年で、僕との対戦に勝利したアペリアは、怒涛の勢いで上級剣闘士まで駆け上がった。
そんなアペリアより一足先に、僕の友人でもあるマローク・ヴィスタも上級に昇格していたから、もしかすれば帝都の御前試合に、彼等も参加をするかもしれない。
だとすれば、彼等は手強い敵になる。
けれども本気で彼等と戦えるなら、それはきっと、とても嬉しい戦いだ。
僕は今日、帝都を目指して旅に出る。
領民である村人達は、もう少しゆっくりだとか、色んな言葉で僕を引き留めるし、妙に歓待してくれようとするけれど、僕はそれを断った。
慕ってくれる領民の気持ちは嬉しいし、そんな彼らを守れた事は、僕にとっての誇りだ。
だけど、だからこそ、そんな優しく、居心地の良い環境に身を浸せば、どうしたって甘えが出てしまう。
これから向かう帝都は、そんな甘えが許される場所じゃない。
アラーザミアでは、ファウターシュ男爵の名前は悪い意味で売れすぎてしまった。
その悪名は、きっと御前試合に優勝するという目的の前では、どうしても邪魔になる。
色眼鏡で見られては、上級剣闘士への昇格だって遅れるだろうから。
トーラス帝国で一番剣闘士の質が高いと言われる帝都で、誰にも文句を言わさぬ形で上級剣闘士を目指すのだ。
剣闘士なんて道を進めば、明日を生きてる保証なんてどこにもない。
でもそれが僕の足を止める理由には、もうならなかった。
何故なら円形闘技場の、剣闘士の血や汗が染み込んだ土の下には、金も名誉も、欲望、絶望、希望の全てがごちゃ混ぜになって埋まってるから。
僕はそれを掴みに、背中を押してくれる重い荷物を肩に背負って、一番大きな闘技場がある帝都に向かう。
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