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 それから半年が経ち、ファウターシュ男爵領にも収穫の時期を迎えた。

 豊作とまでは行かなかったが、例年通りの収穫を得て、久しぶりに訪れたファウターシュ男爵領は完全に立て直せたように見える。

 どうやらアラーザミアで僕のパトロンをしてくれていたザルクマ伯爵夫人が、裏で色々と手を回してファウターシュ男爵領の立て直しに力を貸してくれていたという。

 可愛い代理騎士へのプレゼントだと笑っていたが、本当にあの優しいイトコには頭が上がりそうにない。

 その御蔭もあって、これまでの稼ぎと今年の収穫を合わせれば、負債も全て完済だ。


 だから僕は、最後に残ったこの名前、ファウターシュ男爵家の当主を弟、コラッド・ファウターシュに渡す為に男爵領に帰って来た。

 ……のだけれども、まさかあんなに妹であるマリーナ・ファウターシュに叱られ、あまつさえ大泣きされるとは思ってもなかった。

 僕は割と頑固だと言われるが、妹はそれ以上だと思う。


「散々泥を塗った名前をコラッドに継がせて、お兄様はそれで満足なのですか?」

「お兄様が追放されれば解決する? コラッドに、実の兄弟を追放させると?」

「私がコラッドの後見ですか。つまりあの子が大きくなるまで私に行き遅れろと、そうお兄様は仰るのですね」

「逃げないで下さい。家名に泥を塗った位がなんですか! そんな泥、帝都の御前試合で優勝でもすればあっと言う間に拭えます。本当に腕自慢だったら、それ位はして下さい」


 なんて風に、涙を流しながら言う妹に、僕は反論の言葉をなに一つ口にできなかった。

 いや、帝都の御前試合で優勝って、上級剣闘士になってからじゃないと大会に出場もできないから、無茶苦茶大変なんだけれども。

 それ位はファウターシュ男爵としてやって見せろと、妹は言ったのだ。

 僕が途中で力尽きて命果てたなら、妹は髪を切り、一生を独身で領地を支える覚悟を決めるからと。

 そんな風に。


 もう、本当に、重い。

 借金を返せば身軽になれると思ってたのに、なんでもっと重い物を僕は背負っているのか。

 その話の間、弟のコラッドはずっと僕の腰にしがみ付き、死なないでと泣いていた。

 でもマリーナの無茶な期待も、腰にしがみ付くコラッドの物理的な重さも、何故かどこか心地良いのは、僕が彼女と彼の兄だからだろう。

 この重さは、間違いなく家族としての愛の重さだ。

 だって、家で過ごす間、食卓に並ぶのは全てが僕の好物ばかりだったし。



 この半年で、僕との対戦に勝利したアペリアは、怒涛の勢いで上級剣闘士まで駆け上がった。

 そんなアペリアより一足先に、僕の友人でもあるマローク・ヴィスタも上級に昇格していたから、もしかすれば帝都の御前試合に、彼等も参加をするかもしれない。

 だとすれば、彼等は手強い敵になる。

 けれども本気で彼等と戦えるなら、それはきっと、とても嬉しい戦いだ。


 僕は今日、帝都を目指して旅に出る。

 領民である村人達は、もう少しゆっくりだとか、色んな言葉で僕を引き留めるし、妙に歓待してくれようとするけれど、僕はそれを断った。

 慕ってくれる領民の気持ちは嬉しいし、そんな彼らを守れた事は、僕にとっての誇りだ。

 だけど、だからこそ、そんな優しく、居心地の良い環境に身を浸せば、どうしたって甘えが出てしまう。

 これから向かう帝都は、そんな甘えが許される場所じゃない。


 アラーザミアでは、ファウターシュ男爵の名前は悪い意味で売れすぎてしまった。

 その悪名は、きっと御前試合に優勝するという目的の前では、どうしても邪魔になる。

 色眼鏡で見られては、上級剣闘士への昇格だって遅れるだろうから。

 トーラス帝国で一番剣闘士の質が高いと言われる帝都で、誰にも文句を言わさぬ形で上級剣闘士を目指すのだ。


 剣闘士なんて道を進めば、明日を生きてる保証なんてどこにもない。

 でもそれが僕の足を止める理由には、もうならなかった。

 何故なら円形闘技場の、剣闘士の血や汗が染み込んだ土の下には、金も名誉も、欲望、絶望、希望の全てがごちゃ混ぜになって埋まってるから。

 僕はそれを掴みに、背中を押してくれる重い荷物を肩に背負って、一番大きな闘技場がある帝都に向かう。


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