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故郷の村を離れて都会で一人、嫌われ役の道化を演じてると言えば、実に寂しい生活を送っている風に聞こえるが、まぁ大体事実である。
とは言えそんな僕にも知人友人の類が皆無と言う訳でなく、ある程度の事情を知って親しくしてくれる物好きも少数だが存在した。
今僕の目の前で、フォークとナイフで肉を切り分けては口に運ぶこの男もその一人だ。
中級剣闘士、マローク・ヴィスタ。
彼は剣闘士ではあるが、剣奴ではない。
闘技場に埋まった金と名誉を目当てに、自ら望んで剣闘士となる者も身分を問わずに居る。
もちろん僕のように、貴族位を持ったままで剣闘士をやっているような者は物凄く珍しいが、後を継ぐ目が皆無で、尚且つ低い爵位の家の三男坊辺りが闘技場に参加するのは、まぁそれなりにある事だった。
マロークは騎士であるヴィスタ家の次男らしい。
五つ年上の兄夫婦に子供が生まれた事によって、家を継ぐ目はなくなる。
騎士とて貴族の端には引っ掛かる程度だから、強い魔力を持って生まれればマロークを当主にって話もあっただろうが、彼はその才には恵まれなかった。
それでも家臣としてヴィスタ家を支えるよりも、己の実力での栄達を夢見て、大都市であるアラーザミアにやって来たんだとか。
実際騎士の家の出身だけあって、マロークの実力は大した物だ。
剣のみなら、僕も打ち合って負けるとは思わないが、彼は剣以外にも槍や斧や弓まで使いこなす。
実際に僕とマロークが対戦する事はまずないだろうが、仮に戦えば勝敗は対戦形式次第になるだろう。
つまりはそれ位に、僕はマロークの実力に一目を置いている。
「良い店だね」
僕はゴブレットの葡萄酒を口に含み、そう、口にした。
掛け値なしにそう思う。
肉も味付けが確りされているし、パンも麦の香りが芳醇だ。
置かれた果物も新鮮だし、何よりも個室だから気兼ねなく過ごせる。
「まぁな。値段相応って奴だよ。感謝して、妹を俺に紹介してくれても良いんだぜ」
口の中の肉をごくりと飲み干し、ナプキンで口元を拭ったマロークはそんな風に言う。
今日の食事は、彼の奢りだ。
稼ぎの大半を仕送り、借金返済に使う僕には、こんな店で食事をする余裕はない。
なので感謝しろと言うなら幾らでもするし、そんなストレートな物言いをするマロークを僕は気に入っている。
けれども、
「君が上級剣闘士になって一財産築いて、引退した後なら紹介しなくもないよ。僕の友人としてだけどね」
いつ死ぬとも知れない剣闘士を、妹に紹介する気はサラサラなかった。
自分も剣闘士の真似事をしてる身で何を言うかと思われるかも知れないが、だからこそ家族にはこの世界と関わりを持って欲しくはないのだ。
実に身勝手な事を言ってるのは承知の上である。
僕の言葉に、マロークは歯を剥き出してカラカラと笑った。
さっきの様な言葉を平気で受け止めてくれるからこそ、僕は彼を友人だと思えるのだろう。
もし本当に、何時かマロークが剣闘士を無事に引退したなら、そう、紹介位はしても良い。
もちろんその先、妹が彼を気に入るかどうかは、僕が口を出す事ではないけれども。
「おぅ、楽しみにしてるさ。それで最近はどうだ? ルッケルのパトロンが、何やら動いてるって話を聞いたぞ」
他愛のない雑談から、少しだけ実のある、探る様な内容へと話題が移る。
フォークの先をこちらに向けながらマロークが問うのは、僕のパトロンだった。
パトロンと言っても金銭的援助を受けてる訳でも無いから、どちらかと言えば後ろ盾との呼び方の方がしっくり来るだろうか。
簡単に言えば、このアラーザミア内で、僕がファウターシュ男爵である事を保証してくれている人物の事だ。
ファウターシュ男爵は古い家柄なので、伝手はそれなりに多い。
僕のパトロンはアラーザミアを統治する貴族の一人、ザルクマ伯爵の妻で、つまりはザルクマ伯爵夫人である。
彼女は元々トロイア子爵家の出なのだが、その母がトロイア子爵家に嫁いだ父の姉だった。
要するにザルクマ伯爵夫人は僕のイトコにあたるのだ。
だが親戚とはいえ、何の見返りもなしに身分の保証はしてくれない。
特に今回僕が行っているのは、家名に泥を塗る行為である。
そんな人物の身元保証など行えば、何らかの悪評の類が付かないとも限らないから、僕は対価としてザルクマ伯爵夫人の代理騎士を引き受けていた。
代理騎士とは、貴婦人の為に代理として決闘を行う者をいう。
名誉を傷付けられた時、何らかのトラブルに巻き込まれ、その解決法が決闘裁判となった時、貴族は剣を持って戦わねばならない。
本気の殺し合いに発展する事は稀だが、形だけでも武器を持って戦う必要がある。
何故なら貴族は、平民に比べて高い魔力を、強い力を保持しているという建前があるからだ。
実際には魔術師にでもならなければ魔力の多寡と実力は無関係なのだけれど、それでも貴族は魔力の量をステイタスとしてしまっている。
けれどもその名誉を傷付けられたのが、決闘裁判となった対象が戦う力など持たぬ貴婦人であれば、流石に代理人を立てる事が許された。
代理人は誰でも構わないと言う訳でなく、主に父や兄等の血縁者か、或いは婚約者や夫と言った特別な関係の人物が務めるのが普通だろう。
……と言うのが古き時代の話で、今ではそれ以外の代理人が立てられる事も結構あるのだ。
そもそも貴婦人以外の貴族も、己に仕える騎士を決闘の代理人に任命する場合も多い。
そして貴婦人の場合は、夫や婚約者以外の、己の恋人を決闘の代理人に指名して、代理騎士と呼ぶのが流行していた。
そう、夫や婚約者以外の恋人である。
僕にもいまいち理解しがたいが、貴族の恋愛事情はややこしく、夫の為、家の為に子を生むのは義務だが、その義務さえ果たすならば心は自由等と言う良くわからない風潮もあるという。
その自由な心の恋人を、代理騎士に任命し、自分の為に戦わせるのだ。
お気に入りの騎士に剣を捧げられたい。傅かれたい。自分の為に戦って欲しい。
そんな欲求が、見栄と虚飾の世界で生きる高貴な女性達にはあるのだろう。
まぁ僕はギリギリ血縁者の端っこに引っ掛かっているので、別に心の恋人とやらでは決してない。
だが彼女、ザルクマ伯爵夫人に気に入られ、目を掛けられ、可愛がられている自覚はあるし、周囲がどんな風に見ているのかも知っている。
「……彼女からすれば毛色の変わった道化を飼ってる心算なんだろうけどね。決闘の必要があるならそのうち呼び出しが掛かるんじゃないかな」
それも仕事の一つとして考えれば厭う心算はなかった。
見世物となって戦うのは闘技場で慣れているし、何より貴族間の決闘は、闘技場での戦いに比べれば随分とヌルイ。
でもニヤニヤと下世話な顔をしているマロークを見ると、その顔に拳の一つも叩き込みたくなる。
勿論、そんな事をして機嫌を損ねるとこの場の支払いをしてくれなくなるかも知れないから、グッとそれを飲み込むけれど。
「それよりそちらはどうなの。上級に上がれる見込みは付いた?」
だから僕は、無理矢理に話題を彼の近況へと変える。
僕自身が通した剣闘士達の活躍はそれなりに把握しているが、他所の興行師に世話になってるマロークの戦績は知らないのだ。
しかしその問い掛けに、マロークは少し顔を顰めた。
「いや、ルッケルの所の剣闘士が頭一つ抜けて質が高くて面倒臭いわ。何とかしてくれよ。まぁ、後、網がなぁ……」
そんな風に言うマロークに、僕は少しだけ誇らしい気持ちになる。
そりゃあ何せ一部は僕が厳選して通してるのだから当然だと、そう思ってしまうのだ。
当の剣闘士達からは、きっと僕は嫌われてるけれど。
……でもまぁそれはさて置き、
「あぁ、網か。中級に上がるとあんなのとも当たるんだね」
後半に関しては同情の気持ちしか湧かない。
剣闘士とは言うけれど、使う武器は別に剣には限らないのだ。
対戦形式次第では槍や棍棒や斧や、時には弓も使う。
でもそんな中でも変わり種と言えるのが、マロークが顔を顰める原因である投網だった。
特にそれを扱うのに長けた剣闘士を網闘士なんて呼んだりもするが、彼等は非常に手強い相手である。
何せ彼等の前では、磨いた剣の技の殆どがあまり意味を成さなくなってしまう。
網闘士の戦い方は実にシンプルで、投網を被せて動きを封じ、短槍で網の隙間から突き刺す。
網は簡単に切れる物じゃないから、一度投網を被せられれば剣ではどうしようもなくなるのだ。
僕と同じく技で戦うタイプのマロークが、苦手とするのも無理はない。
多少大袈裟な言い方だが、ジャンル違いの戦いを挑まれてる様なものだった。
「網を避けるのは最初から諦めて、短槍を防ぎ易い盾を持って行く位しか対策は思い付かないかな。剣も網に引っ掛かり難い短めの物にして、盾を捨てながら抜け出してから切るしかないね」
一度抜け出してしまえば、網に頼り切りの闘士は、マロークの相手じゃないだろう。
僕の言葉にマロークは頷き、ガブリとリンゴに齧り付く。
それからも長い時間、僕とマロークは色々な事を話す。
まあ互いに剣闘士である以上、どうしても闘技場での話題が多めになるが、こうした情報収集はとても貴重だ。
出来ればマロークには、無事に上級まで辿り着いて欲しい。
マロークが上級に昇格したなら、いつかは僕だってと言う気持ちになれるし、何よりもやっぱり数少ない友達だから。
大きな怪我なく無事に栄誉を掴んで欲しいと思う。
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