1-5


「チェィッ!」

 横切りの一撃を避ければ、ワンセットであるかのように即座に放たれる切り返しを、僕は裂帛の気合と共にバックラーで叩き落とす。

 相手が剣を引いて立て直した隙に、僕は数歩後ろに下がる。

 バックラーは弓の相手をするにはあまり向かない盾だが、取り回しは良いので決闘には役立つだろうと、持って来ておいて本当に助かった。

 他の盾なら、こうも相手の攻撃を防げはしなかっただろう。

 それにしても思った以上に、実に面倒臭い決闘相手だ。



 友人であるマローク・ヴィスタと食事をしてから数日後、案の定パトロンであるザルクマ伯爵夫人に呼び出された僕は、代理騎士を依頼された。

 元より断る権利はないのだが、今回の決闘が起きた経緯には、どうやら僕の事も多少絡んでいるらしい。


 帝国四大都市の一つに数えられるアラーザミアは、複数の貴族が合同で統治を行っている。

 アミーダス侯爵家、ローンダミア伯爵家、セルシアン伯爵家、そしてザルクマ伯爵家。

 この四つの貴族家が合議で都市の運営を行っているが、権力が最も強いのはやはり爵位が一番高いアミーダス侯爵家で、その当主は都市を代表する貴族、アラーザミアの顔だとも言えるだろう。

 さて実はそのアミーダス侯爵家に次いで権勢を誇るのが、塩の利権を握っているザルクマ伯爵家だ。

 ……といってもその権力が他の伯爵家に比べて絶対的である訳ではない。

 爵位が上のアミーダス侯爵家は兎も角として、他の二伯爵家にとって、ザルクマ伯爵家は何とか序列の入れ替わりを目論みたい相手であった。


 さて、そんな風に貴族家の当主が政治的に争っていると、貴婦人達の間にだって競争意識的な物が強くなる。

 ローンダミア伯爵家、セルシアン伯爵家の夫人や令嬢達にとって、何かとザルクマ伯爵夫人は張り合いたい相手なのだろう。

 そしてそんなザルクマ伯爵夫人の奇行とも言えるのが、貴婦人達には密かに道化男爵なんて仇名されているらしい僕への後援だった。


「ザルクマ伯爵夫人がお気に入りのファウターシュ男爵は本当にお強いのかしら?」

「聞けばずっと下級の剣闘士を相手に勝ったり負けたりしてるらしいですわね」

「あら、ファウターシュ男爵家は帝国建国以前から初代皇帝に付き従った武門ですわよ」

「イトコ殿は酔狂な方ですから……。でもあの方の実力を疑われるなら、お試しになりますか?」

「良いですわね! 丁度今、我が家に異国の剣士殿が滞在されてますの。わたくし、その方との決闘が見たいですわ」

「えぇ、それは良いですわね。では私は先日届いた白鹿の毛皮を出しますわ」

「まぁ素敵! でもどうしましょう、それに見合う品となると少し難しいわ。赤虎の毛皮だと少し見劣りしますし……」

「構いませんわよ。私、イトコ殿には赤虎の毛皮が似合うと思いますもの」

「そんな、ずるいですわよ。私達にも何か品を出させてくださいな」


 ……なんてやり取りがあって、貴婦人達の見守る中で、僕は異国の剣士と決闘をする事が決まったらしい。

 要するに何時通りに見世物として娯楽を提供して欲しいって話である。

 まぁ別に良いのだけれども。

 その時は僕も、異国の剣士とやらがどんな人物でどんな技を使うのか、多少以上に興味はあったし。



 だが決闘当日、戦いの場である中庭で、現れた対戦相手を見た途端に僕は嫌な予感を強く覚える。

 決闘相手である異国の剣士は、まるで半円を描くかの様に大きく湾曲した刀剣を携えていた。

 異国人である事を示す特異な風貌以上に目立つその武器は、話だけには聞いた覚えのある、ショーテルと言う名の武器だろう。

 でもまぁそこは特に問題はない。

 異国の剣士と聞いた時から、未知の武器を持ってる可能性は予測していたので、話だけでも聞いた覚えがある武器が出てくるならまだマシだ。


 では何が問題なのかと言えば、明らかに不本意そうな、武技を見世物とされるのを不快に思ってそうな、その不機嫌な表情である。


 さて貴婦人の娯楽として行う羽目になった代理決闘で、最も行ってはならない行為は何であろうか。

 敗北する事?

 否、違う。

 もちろん負けるよりも勝利すべきだが、ある条件さえ満たせば、敗北は許される。

 今回のような代理決闘で最も行ってはならないのは、勝つにせよ負けるにせよ、一方的な展開でさっさと終わらせてしまう事だ。


 例えば僕が、この異国の剣士を一撃で叩き伏せたとする。

 するとザルクマ伯爵夫人の面目は保てるが、この剣士を連れて来たセルシアン伯爵家の令嬢の面目は丸潰れだった。

 この日の決闘を娯楽として楽しみにしていた、他の貴婦人方も肩透かしに、或いはつまらなく感じるだろう。

 そうなるとその感情は、大した事のない剣士を連れて来てしまったセルシアン伯爵家の令嬢へと向かう事になるのだ。

 そして最終的には、僕とザルクマ伯爵夫人がセルシアン伯爵家の令嬢から恨みを買う形で、この代理決闘は終わる。


 名誉を傷付けられたり、決闘裁判として行われた本物の代理決闘なら、まあそれも仕方ない。

 どうせ恨みは残る物だ。

 しかし今回のような娯楽でそんな恨みが残っても、誰の得にもならなかった。

 けれども恐らく、今日の対戦相手である異国の剣士は、その辺りの機微を全く理解していない。


 まぁ、うん、異国人だからその辺りがわからなくても、仕方ないと言えば仕方ないのだけれども……。

 案の定開始の合図も待たずに、一撃に決めに来た斬撃を何とか避けて、僕は内心で溜息を吐く。



 ともあれ、相手が機微を理解しないなら、戦いの演出は僕が行うより他にないだろう。

 出来る限り接戦を演じ、最終的には、

「凄まじい強敵だった。素晴らしい使い手と引き合わせてくださった事に感謝を」

 辺りの言葉で〆ねばならない。

 実に神経を削る作業になる。

 その辺りの機微を理解してる騎士が相手なら、互いに少しずつ加減をして接戦を演じ、徐々にペースを上げて行ってついて来れ無くなった方が素直に負けるなんて風に、婦人方を喜ばせる演出を重視しながら終われるのに。


 戦いは、僕の防戦一方に追い込まれていた。

 異国の剣士の腕前はもちろんだが、慣れぬショーテルの攻撃に戸惑ったのだ。

 湾曲したショーテルの攻撃は、盾を越えてその向こうへと届く。

 盾ですら受けれない物が、剣で受けれる筈が当然無いので、つまり受け自体が使えない。

 今日用意して来た盾が、取り回しの良いバックラーでなかったならば、その時点で僕の負けは決まっていた可能性すらあっただろう。


 単純に受けるよりもずっと難しいが、払い落しは有効だった。

 出来る限り切っ先に近い部分を払えば、お世辞にもバランスの良い武器とは言い難いショーテルは何とか防げる。


 だがもう一つ厄介なのが、ショーテルが両刃の刀剣である事だ。

 両刃の刀剣であるショーテルは、手首を返して刃の向きを変えずとも、そのまま切り返しの攻撃が放てる。

 そしてその切り返しの攻撃は、先の一撃と質が異なる一撃となった。

 湾曲の内側はまるで鎌の様に、外側は曲刀の様に、質の異なる斬撃が攻撃の幅を大きく広げており、慣れぬ僕は大いに戸惑う。


 けれども僕は闘技場で戦う剣闘士でもあるから、ショーテルには慣れておらずとも、様々な種類の武器を相手にする事に慣れている。

 少しずつ、少しずつだが、防ぎながら相手の攻撃を見極めて行く。

 同時に、粘る僕に異国の剣士の剣筋は、やはり少しずつ乱れ始めた。



 それまでの防戦一方から一転、ショーテルをバックラーで払い除けた僕は、大きく踏み込んでグラディウスを振う。

 間一髪で地を転がり、それを回避した異国の剣士の目には、驚きと称賛の色が浮かんでいる。

 よし、今だ。

「恐ろしき魔技を扱う異国の剣士よ。私はルッケル・ファウターシュ。トーラス帝国の男爵にして、ザルクマ伯爵夫人の名誉を守る者。素晴らしき技を使う貴公の名を問いたい」

 空いた隙に、すかさず貴婦人達に向けての演出を挟む。

 いやまぁ、大した技だとは本当に思ってるし、名を知りたいのも嘘ではないが。


「グラーヴァス王国戦士、ガレリア。この戦いに感謝を。……もう侮りはしない」

 僕の問い掛けに、名乗りを返した戦士ガレリア。

 うん、シンプルだけれど、悪くはない。

 貴婦人方もこれなら満足してくれる筈。

 ただ、まぁ、でもちょっと、ここからは本気で勝ちに行こうと思う。

 真剣になったガレリアさんとやらの雰囲気から察するに、負けるとうっかりそのまま殺されてしまいかねない何かを感じたから。


 穏便に決闘を終わらす為にも、勝利と言う名のイニシアチブはどうしても僕が握りたい。

 大きく息を吸い込んで、僕は強敵を仕留めに掛かる。

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