第7話 決意

「じゃぁ、哉太くんはここに住むんだ?」


 口に入れた豚肉を飲み込んだ結衣は、正面に座る少年に問いかけた。四人がけのダイニングテーブルには、三人の男女が座っている。

 

「はい、優子さんにそう言われまして」


 哉太の話し方は、ついさっきまでとは明らかにトーンが違う。妙に元気なのだ。それに不満を感じる必要などないのだが、由美は釈然としなかった。

 大雑把に切られたキャベツを齧りつつ、隣に座る義姉を横目で見た。

 

 この年代の男子は年上女性に憧れるものなのだろう。それに、結衣は同性の視点で見ても魅力的な女性だ。意識したような態度をとるのは、不思議ではない。

 しかし、料理は自分の方が上手いと思う。妙な対抗意識を燃やしつつ、若干焦げた麺をすすった。


「もう、お母さんもちゃんと言ってくれればいいのに。ねぇ、由美」

「え? うん、そうだよね」

「どうしたの? ぼーっとして」

「ううん、なんでもない」


 由美の挙動不審をさして気にする様子もなく、結衣は哉太へと視線を向けた。


「これからどうするのかは聞いてる? 学校とか」

「転校だと言われました。これまでの生活を捨てるのも、代人になる条件だって」


 そこまで聞いて、由美は自分のことを思い出してしまう。あの時は選択肢がなかった。親類はおらず、身寄りのなくなった理由が不明確とあれば、引き取り手など見つかるはずもない。

 義母となってくれた優子の言うがまま、組織と繋がりのある学校に転入し、代人の候補となった。

 

 彼の場合はどうだったのだろうか。口ぶりからして、自ら選んだようにも感じられる。

 一度は納得しかけたが疑問と不安が、再び胸の中に浮上してくる。ふとしたことで後ろ向きになる思考は、自分でも止められなかった。

 話をぶり返すことになる上、あまりにも不躾な質問とはわかっているが、由美は意を決して口を開いた。


「あの、霧崎……くんは、他に行くところなかったの?」

「由美」


 たしなめるように、名を呼ばれる。しかし、どうしても聞いておきたかった。理由次第では、彼の決断を否定すべきだと思う。


「少し離れた所に、じいちゃんがいる」

「なら……やっぱり、無理しなくても」

「……由美」


 結衣の口調が強くなる。それでも、由美の本音は止められなかった。やはり、彼はやるべきではない。


「いや、決めたんだよ」

「でも……」

「やめなさい由美。ごめんね哉太君、由美にはちゃんと言っておくから」

「いいんです結衣さん。相棒になるのなら、本音を言わないといけなかった。ごめん」

 

 先程までの浮かれた調子は消え、哉太の声が低くなる。静かに箸を置き、拳を握りしめた。


「俺は、あれを許さない。戦う力があるなら、戦いたい」

「あれ……」


 哉太が言うのは、荒魂のことだろう。唇が微かに震えている。


「あとは、あれの正体を突き止めたいとも思う。そうすれば、全滅させられる」

「全滅?」

「そう」


 真剣に頷いた哉太に、由美は驚いた。まさか彼が自分と同じことを考えていたとは思ってもみなかった。


「でも、これまでずっと続いているんだよ? 全滅だなんて……あ……」


 それは今まで由美が散々言われてきた言葉だ。積み上げられてきた歴史に反論できず、いつも下を向いてきた。

 

 口に出してみて、由美は内心諦めかけていたことを初めて理解した。哉太を止めるはずが、自分の不安と不満を押し付けている。恥ずかしさと情けなさで、泣いてしまいたい気分だった。


「それも優子さんから聞いたよ。何百年も続いてるって。でも、俺はあれが憎い。それに、さっきも言ったけど、他の人にはこんな気持ち、味わわせたくない」

「うん……」


 伏せた目を少しだけ上げ、斜め前を見る。怒りに震えてはいても濁りのない、真っ直ぐな視線だった。

 由美はもう、哉太を説得する意思は持てなかった。これまでの自分を否定することなってしまう。それに何より、彼は真剣だった。


「さて、落ち着いたところで、話を戻して。学校はどうなったの?」


 コップに注がれた麦茶を一口飲んで、結衣が意図して明るい声を出した。こういう切り替えができる点は、彼女の美徳だといつも感じている。尊敬つつ羨ましい、自慢の義姉だった。


「なんとか手続きが間に合って、二学期から」

「そっかぁ、バタバタしちゃうね」

「まぁ、仕方ないです」


 和んだ会話を進める二人を見ながら、由美は焼きそばをすする。この後に続く内容は、なんとなく予想できている。

 これ以上は悩んだり驚いたりしない、そう心に決めていた。


辰浦たつうら高校?」

「はい、それも指定されました」

 

 案の定だった。とはいえ、平常心でいることは難しい。急展開過ぎる事態なのだから。


「まぁ、当然と言えば当然ね。裏で繋がってる高校、あそこくらいだし。私も通ってたのよ」

「おおー、先輩だったんですね」

 

 結衣と同じ学校だったことに対して、哉太はどこか嬉しそうだ。

 

「ちょっと調べたんですけど辰浦市まで行くのちょっと時間かかりますね。バスも少ないし」

「早起きに関しては大丈夫、由美がいるから。ね?」

「え、あ、うん」

「そうか、同級生」

 

 唐突に話を振られ、しどろもどろな返答をしてしまう。確かに朝は強い。毎朝結衣を起こすのは、由美の仕事だ。この流れでは、哉太も起こすことになってしまうかもしれない。


「あと、この子、勉強もできるのよ。なんだかんだ成績上位だし」

「おおー、頼れる」

「やめてよー」

「たぶんだけど、お母さんのことだから、クラスも同じになるように根回ししてるだろうね。仲良く勉強してね、ふたりとも」

「はい!」


 いつの間にか、勉強の面倒も見ることになっているようだ。あまりの速度に、由美の思考は全く追い付いていかない。

 哉太はその点、特に問題ない様子だ。それどころか、由美の目線では楽しそうにすら感じてしまう。

 

 この二日ほどの間に彼が何を考えたかは、細かくはわからない。ただ、ここへ来た理由に強い意志があるのは伝わった。家族とも友人とも違う異性と共に暮らすのは受け入れがたいが、なんとか我慢してみようと思えた。


「改めて、受け入れてもらえて嬉しいです。これからよろしくお願いします」

「はーい、こちらこそ」

「う、うん……」


 頭を下げる哉太に対して、由美は曖昧な笑みを返すことしかできなかった。

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