第15話
Sw○tchの電源を入れて、二人でプレイした。入学祝いと称して、海産物系FPSのために買ってもらったソレは、悔しいことに二人で遊ぶことにとても適した機種だ。
赤と青のコントローラを分け合い、適当に二人プレイが出来るソフトを選んだ。我ながら現金なもので、始まってしまえば、相手が土屋琥珀でもそれなりに楽しい。もちろんこれは、土屋ではなくて、ゲームメーカーの功績だけど。
「え、弱っ」
「初めてって言ったじゃん」
土屋は、確かに下手くそだった。本当に、ゲーム機に触れたことが無いらしい。とりあえず、私の怨敵はレースゲームをすると身体が傾くタイプだということが分かった。だから何だ。
「あっ、ぬわっ、この、この」
「あ、そこ落ちるよ」
「嘘⁉︎」
案の定、実はカメ族であるところの彼女の分身は、虹色のコースから宇宙の果てに滑落した。落ちた先が池でも宇宙でも地獄でも、きちんと糸で救ってくれるのが、このゲームの良いところだ。
土屋は徐々にコツを掴んでいったものの、結局、最後のレースは二着に終わった。
「……結構やるじゃん」
「二番なんて、意味ないよ。一番じゃなきゃ」
垂れた髪を掬い、耳に掛ける。きらりとピアスが光を反射した。硝子だろうか。カットされた透明な石が、ちかちかと室内光を反射する。
「水谷。あれ、なに?」
切れ長の目が、壁の本棚に向いた。白木の棚には、白水Uブックスのシェイクスピア全集と、妹と共有の漫画本が詰まっている。
「読んでもいいけど、折らないでよ」
「そっちじゃなくて」
漫画のことだと思った私の言葉を否定して、土屋は、白く分厚い冊子を指差した。
「あっち」
「あれは、一応アルバムなんだけど……」
埃を被ったアルバムの背表紙には、箔押しでタイトルが記されている。『みずたに れんか 小学一年生』。小学校を卒業するまで、毎年母が作っていたものだ。保育園以前の分は、別で管理しているらしい。開いて見たことは無い。
土屋が、無造作に真ん中の一冊を抜き出した。見てもいいか、確認くらいして欲しい。別にいいけど。
華奢な手が分厚い表紙を捲る。最初の一枚は、集合写真だった。当時のクラスメイトと撮ったものだ。
二列目に、かつての私がいた。張り詰めた表情のせいか、ピンと伸びた背筋は、礼儀正しさよりも堅苦しさを連想させる。縁の太い眼鏡も、一因かもしれない。
「どれか分かる?」
「この子」
「……合ってるし」
ぴたりと当てられて、正直びびる。超能力者でもあるまいし。
「え、え、何で分かんの?」
「見れば分かるよ」
そういうものだろうか。
そういえば去年、当時の友人(推定)と話す機会があった。出会って雑談して別れるまで、私は彼女のことを思い出せなかったけれど、彼女はちゃんと、私を「学級委員のみずたにさん」だと認識していた。もう眼鏡は止めて、コンタクトをつけていたのに。
自分で思うより、私の顔には、過去の面影があるのかもしれない。人は、そう簡単には変われない。
土屋が、ペラペラとページを捲っていく。
ふと、その手が止まった。視線の先を追う。そこに貼られていた一枚の写真に、息を呑んだ。
甘苦しい郷愁が胸に満ちていく。
それは、薄手のワンピースを着た私と、怪獣のイラストが印刷されたTシャツを着た女の子の、ツーショットだ。背景はこの部屋で、二人とも頬に生クリームをつけている。
私ではない少女は、こういっては何だけれど、みすぼらしい見た目をしていた。髪はぼさぼさで、シャツの襟首はよれて垢に汚れている。
彼女は、カメラに向けてピースサインをしていた。ただ、慣れていないのか、指が二本ともへにゃりとお辞儀している。背筋も曲がっていて、そのせいか、ぎこちない笑顔に媚びるような卑屈さがあった。
「うわ、懐かしい」
「……これ、友達?」
「そうだよ。宿題のプリント渡しに行って仲良くなったの。すぐに引っ越しちゃったけど」
「なんて子?」
「なんだっけな。確か、ええと、はーちゃん……とか呼んでたような」
そう、はーちゃんだ。
小学生のときに出会った、ひと夏だけの友だち。ぼさぼさの髪をしていて、片親で、生ゴミの臭いが染みついた家に住んでいて、猫背で、勉強が苦手だった女の子。
今はもう、本当の名前さえ思い出せないけれど。
はっと正気に返って、土屋を睨む。なにを、私はペラペラと。
土屋は感情の読み取れない顔で、すらりとした人差し指を私に向けた。
「みいちゃん」
「え?」
「この子が『はーちゃん』なら、水谷は『みいちゃん』だよね」
「あ。ああ、うん、そう。確か、そう呼ばれてた。よく分かったね」
「分かるよ、そりゃ」
そして、いつものように軽薄に微笑い、今度こそ棚の漫画に手を伸ばす。
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