第7話 謝罪

休日になり、寮から出て買い物に行くのに病院の敷地内を歩いていた。桜の花が散り道端に白い雪が積もっているように見えた。


その白い花びらの雪のそばで、歩夢君が車椅子でまた子供達の遊んでいる姿を見ていた。


碧海は最近うまくいかない事が多いので、歩夢にも今日は話しかけないほうがいいと感じ、黙って来た道を戻り始めた時だった。


「碧海さん!」


碧海は久しぶりに聞いた声に振り返った。

車椅子に乗った歩夢君と目が合った。


「この前はごめん。ちょっと話さない?」


避けられていた歩夢に話しかけられ、最近の暗い気持ちが少し明るくなった。

碧海は、表情を和らげ頷き近くのベンチに座る。

歩夢もベンチの横に車椅子を止めた。


「碧海さん、久しぶりだね。看護師さんになってたからびっくりしたよ」


「ふふふ。まだ看護師じゃないんだよ。今実習中で、年明けに国家試験あるからそれも合格しなきゃ看護師になれないんだよ」


歩夢は昔と同じ懐かしい笑顔を浮かべて、話しを聞いていた。


「俺が飛び降りようとした時、声かけてくれたの、本物の看護師さんみたいだったよ。この人は本当に心配してくれてるって伝わったから、俺あの時、声をかけてくれた人を見たんだ。碧海さんとは思わなかったけど……」


碧海は歩夢に気持ちが伝わっていた事を知り、嬉しいのと同時になんだか照れて、ほてった顔を見せた。

それを見た歩夢は碧海を見つめる。


「碧海さん……あの時助けてくれてありがとう。あんなの知ってる人に見られて情けないし、恥ずかしくてちゃんとお礼も言えなくて避けてた。ごめん」


歩夢は恥ずかしそうに頭を下げた。

碧海は、首を横に振り微笑み、正直に歩夢に話した。


「歩夢君……大丈夫だよ。誰だってみんな弱い所あるんだから大丈夫。あたしもうまくいかなくて、この前も指導者に怒られたりしたよ。最近うまくいかない事ばかりで、看護師向いてないかもと思ったりしてる……」


碧海は、感染対策の手洗いで同年代よりも荒れた手を見て、ゆっくり摩りながら下を向く。


「碧海さん、看護師向いてるよ。昔から優しかったし……。昔よりも安心感を感じ……る?」


お世辞に聞こえた碧海は歩夢と目を合わせて笑った。

中学の時よりも距離が近くなった感じだった。


「俺がもう自分の夢を叶えられないから、碧海さんは絶対叶えて!看護師さん合ってるから!」


歩夢は一瞬悲しそうな顔をしたが、碧海に心配かけないように碧海の顔を見るなり、頷き表情を緩めた。


碧海は悲しそうな顔をした歩夢の表情を見逃さなかった。


「歩夢君。事故の話し聞いたよ。手術どうするの?」


歩夢は眉を落として困った顔になる。

「切断なんてしたくないけど、もうそれしか方法がないし、状態が酷くなってきてるから手術するしかないのかなってもう本当は諦めてるんだ。でもやっぱり認めたくないから、逃げてたんだよな……。だって、バスケは俺の人生の全てだったし、バスケが本当に好きだったんだ……」


「歩夢君……」


時折吹く春の風は、一瞬強く吹き付け2人の身体にあたり冷たさを感じさせる。


歩夢の決断を聞いて碧海は慰める言葉を持ち合わせてなかった。医療を学ぶ碧海にとって、歩夢の決断は正しいかもしれないと感じたが、昔から歩夢のバスケへの情熱を知っている事もあり何も言えなかった。


ただ、頷きながら涙が一粒、また一粒と碧海の顔を濡らす。

歩夢はそれをみて、悲しい顔で微笑みかける。


「碧海さんは優しいから……。聞いてくれる人がいて何だか気持ちが少し落ちついた。ありがとう」


碧海は何度も首を振り、後から後からくる涙を拭いていた。

歩夢はそんな碧海を見つめて微笑んでいた。誰にも相談できないこの決断を、碧海は何も言わずにただ自分の為に泣いてくれた。心配してくれた。


遠くで聞こえていた子供達の遊び声も今は、気にならないくらい歩夢は穏やかな気持ちだった。

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