花火

ナタデココ

花火

一度に凝縮して集まり、何かのきっかけを持ってして解き放たれる。


そんな瞬間が、好きか嫌いかと言われれば、好きだった。


「……あ、そういえば」


隣に存在する少年が、ふと思い立ったような顔で言った。


「お誕生日、おめでとうございます」


「なんで……そんな、もののついでみたいな言われ方をされなきゃいけないんだろう」


負けじと不服そうに少女も返す。

呆れはしたが、いらないと思う言葉でもなかった。


「……まあ。いいや」


少女は少年にお礼を言おうとしたが、やめて、話題を変える。


「どうして、このタイミング?」


夏祭りの終幕。

この辺りでは有名な地域の花火大会。


それは、最後に大きな花火が打ち上がり、終わりのアナウンスが流れている真っ最中での出来事だった。


──もしかして、このタイミングで言ったことに何か意味があるのだろうか。


そんなことを思って、尋ねた少女だったが。


「いや、本当にさっき思い出したもので」


「……そういうの、あんまり当人に直接言わない方がいいよ」


少女は今度は呆れ以外の感情を混ぜ込ませないままに、ため息を吐いた。


しかし、こちらのため息を思いきり無視した少年が、灰色に煙った空を眺めて残念そうに言葉を紡ぐ。


「花火って、余韻も何も無いですよね」


「そう?地球環境に悪そうな空が『ザ・余韻』って感じがしていいじゃない?」


「まあ、そうかもしれませんけど……」


少ししぶって、彼は素直に続けた。


「まるで、人の死に方と同じだな、って」


「……どこがよ」


感情を濁した少女は、キッパリと少年に告げた。


「あのね。そういう退屈で、意味の分からないことばっかり言ってるから友達が少ないんだと思うよ。君」


「いや、実際そう思いません?同意も無しですか?」


最早話を聞く気のない少女に食い気味に少年が尋ねるが、少女は顔色を変えぬまま、黙るばかり。


少年はそんな少女へ、更に続ける。


「貴方は見たことないんですか?人が死ぬところ」


「あるけど。……っていうか、人の誕生日にそういう空気の読めないことを言わないで欲しいんだけど」


今度は感情だけでなく、明らかに顔色までもを濁し始めた少女を見て、少年は取り繕う様子もないままに言った。


「でもほら、ロマンチックじゃないですか」


「……話にならないね。そういう、いつまでも幼稚なこと考えてるから友達が居ないんだよ。君」


「貴方に言われたくはありませんけどね」


少年も、聞くのをやめた少女に話を続けるのを諦めたのか、静かに微笑んだ。


「……」


少女はそんな少年のどこか寂しげな表情を垣間見て、最後に少し同情するように呟く。


「……まあ。花火も、死ぬのも。最後の呆気ないところは似てると思うけど」


「呆気ないところ、と言うと?」


つまらないことを追及する少年に一定の面倒くささを覚えつつ、少女は言った。


「──アナウンスがかからないと、終わったかどうか分からないところ」


花火が終わった時は「以上で、2022年度の地域花火大会を終わります」といった形式的なアナウンスを。


人が死んだ時は「八月三十一日、二時十三分、ご臨終です」といった実質的なアナウンスを。


「確かに。なかなか、面白い共通点を見つけますね」


少年は笑って、少女の意見に同意した。

少年は、最後に煙った空を眺めて。


「やっぱり、花火って……人間と似てますね」


余韻など欠片もなく、ぼうっと呟く。


************************


人間は、ある時に一気に凝縮する。


誰かの元に集まる。幸福や不運、辛いことや楽しいことが一気に押し寄せる。


だが──何かのきっかけをもってして、その凝縮したものが一気に解き放たれることがある。


それを、ある人は『死』だと呼び。

それを、ある人は『人生』だと呼んだ。


「…………」


少女は、ベッドに寝転び、天井を眺めながら。今年も開催されている花火大会の残響に耳をすませた。


パチ、と、乾いたような破裂音が響く。


アナウンスまでは部屋の中に入って来ず、数分間、続きの花火の破裂音がしないことをもってして、少女は「今年の花火大会も終わったのだ」ということに気付いた。


あの時も、そうだったな。

ふと、少女は一年前のことを頭に思い描いた。


一年前のあの時に話した彼は、翌日、自転車事故で死んだ。


偶然のものだったのか、そうではなかったのか。

前日まで話をしていた自分には分からない。


「……」


八月三十一日。

私は密かに黙祷を捧げる。


「……!」


────パチ。

ふと、部屋に、あの花火の乾いた音が木霊した。


まだ、終わっていなかったのか。

そう思った私はなんだか嬉しくなり、微笑む。


「……っ、よーし!」


少女はベッドから立ち上がり、伸びをした。


そして、目の前に置かれているこじんまりとしたホールケーキに残りのロウソクを突き刺して、笑って言う。


「誕生日おめでとう、私!」














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花火 ナタデココ @toumi_yuki

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