玉手箱①
「あ、鈴木さんは何が好きですか?」
「えっと、何の話?」
コーヒーを淹れに来てみれば、給湯室でおしゃべりをしている女性社員たち。久しぶりの出社日だからか、前より盛り上がっているような気がする。
「お水の話ですよ。最近はほら、家で過ごすことも多いじゃないですか」
「そうですよ、水道水で平気な人もいるとは思いますけど、こだわりっていいますか」
「それでどこのお水が美味しいかって話をしていたんですけど、参考までに鈴木さんのオススメ教えてもらえますか?」
「水……?」
水なんてどれも一緒だろう。俺は水道水で大丈夫な人間だけど、そう言うわけにもいかない。
「……六甲のおいしい水」
口をついて出たのは語呂のいい言葉だった。
そしてドッと笑い出す彼女たち。
「鈴木さん、六甲のおいしい水って、渋すぎません?」
「鈴木さんって面白いですね。有名どころじゃない水を言うあたり」
「え、でも有名ですよね、誰でも聞き馴染みがあって」
「ははは……」
にこやかな笑顔を作って、彼女たちの輪を乱さないように。
手早くコーヒーを淹れると、俺はそそくさとその場を離れた。
デスクに戻るとスマホにメッセージが来ていた。
『久しぶり! 全然帰って来ないけど、元気してるか? 実は俺、結婚するんだ』
幼馴染の翔太からだった。地元になんて、このご時世だってことを言い訳にして随分帰っていない。
『おめでとう! 式は挙げるのか?』
『ありがとう! もちろんだ。招待状を送りたいから住所送ってくれるか?』
『OK、住所は……』
送って伸びをする。
あいつも結婚か。ってことは、俺もそんな歳か。大学からだから、地元を離れて十年以上経つ。そのうちに帰ったのなんか大学一年生の時に数回だ。昔っから同じで変わらない街に嫌気が差していたっけ。
あ、そういえば嫁さんが誰なのか聞きそびれたな……。
ま、招待状が届けばわかるだろう。
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