東京サラリーマン3人組

東京都〇〇区某所某健康食品会社。

少し元気のない観葉植物と、段ボールの山に囲まれたなんの変哲もない部屋の中。

に、かかってきた一本の電話。



スミダ「はい、はい、わかりました、えぇ、はい。後日郵送で。はい、それでは失礼します。…………っっっはあああああ~~~」


メシヅカ「ちょっとちょっと、溜め息デカすぎない? なに、クレーム?」


スミダ「クレームじゃないんだけど。…………っっっはあああああ~~~、ぶわっくしょい!!!!!」


メシヅカ「溜め息つくか、くしゃみするか、どっちかにしてくれない? それ、忙しくないの?」


フモト「おー、どうしたスミダ、でっかいくしゃみだったな」


メシヅカ「溜め息の方はスルーなんですね。いや確かにくしゃみ大きかったですけど」


スミダ「私、花粉症で、……どわっくしょん!!!」


メシヅカ「くしゃみの癖を強めていくんじゃないよ」


スミダ「……課長、メシヅカ、聞いてくれますか? 溜め息の理由を」


メシヅカ「なによ、芝居がかっちゃって」


フモト「言ってみなさい」


スミダ「今年の夏頃出したモンドセレクションなんですが、金賞が確実かと思っていたんですが、……銅賞なんですけどぉ!!!」


メシヅカ「えー、そんなことある?」


フモト「3位か、それならまあいいでしょう」


メシヅカ「よくないですよ、課長。オリンピックじゃないんだから。モンドセレクション銅賞なんて聞いたことありませんよ? ふつう、モンドセレクションときたら金賞、この並びは絶対です」


スミダ「そうですよ!!! 金さえ積めば金賞が取れるってコンテストなのに!!! びわっくしょい!!!」


メシヅカ「そういうこと言うのはやめなさい。そしてそれはもうくしゃみじゃないと思うの」


スミダ「モンドセレクション金賞以外の賞が存在してるなんて俺、知らなかった!!!」


メシヅカ「うん、俺も知らなかったよ。今回知れてよかったね」


スミダ「よくないだろ!!! どうして! あの時! 教えてくれなかったんだ! 金賞以外があることを!」


メシヅカ「あ、そこ? そもそもやめときなって俺は言ったと思うんだけど」


スミダ「だいたい金払いが悪かったのが原因じゃないですか! モンドセレクション金賞の金は『かね』ですからね!?」


メシヅカ「そういうこと言うなっての」


フモト「だってー、予算が下りなかったんだもん……」


メシヅカ「課長も『だもん』じゃないです『だもん』じゃ」


スミダ「銅賞だってーーーーー、どうしようーーーーー」


メシヅカ「ダジャレかよ」


スミダ「銅賞だってーーーーー、どうしようーーーーーズビズビ」


メシヅカ「2回も言わなくていいのよ」


フモト「どうしようねえ~」


メシヅカ「どうしようもこうしようもないでしょ。モンドセレクション銅賞なんて引っ提げてるほうが恥ずかしいですよ。見たことあります? パッケージに『モンドセレクション銅賞受賞』なんてフレーズ」


フモト「ないね。私は見たことが無い」


スミダ「前例がないなら作るまでですよ! ぉわっくしょん!!!」


メシヅカ「その前例がないのは書いてあっても意味がないからなのよ。これはもう諦めてパッケージには別の文言を載せましょう、ね、課長」


フモト「だが、しかし、せっかく受賞したのに記載しないっていうのもなぁ」


スミダ「どうしようーーーズズズ」


メシヅカ「もういいから! いいですか、だいたいね、モンドセレクションなんて世の中に溢れすぎなんですよ。気がつくと色んなものについてあって、特別感がありませんね。市場に飽和状態の勲章なんてなんの意味があるんですか? ありふれ過ぎているので今更ついてなかったところでなんの問題もありません」


スミダ「……さすがに言いすぎじゃない?」


メシヅカ「お前が言うなよ」


フモト「なるほど、メシヅカ君の言いたいことはわかった。つまり花粉症と一緒ということだな!」


メシヅカ「あー、課長のスイッチ入っちゃった……」


フモト「この大都会東京でさえ、花粉症は当たり前の光景になっている。杉なんてないのにな。ほとんどの人が罹患している花粉症くらいでは、他人はもう心配などしてくれない。花粉症なんていうステイタスはもうありふれ過ぎているからだ! 今のスミダ君のように!」


メシヅカ「はあ」


フモト「つまりこのありふれた花粉症と、モンドセレクションは同じだということだ。気がついたら身近に迫っているのだから」


メシヅカ「ホラーっぽく顔の下から懐中電灯つけてますけど、今真っ昼間ですからね。見えませんからね、光なんて。……とにかく、モンドセレクション銅賞なんて記載するのは諦めて別のところで勝負しましょう」


スミダ「ちょおおっと待ったあああ!!!」


メシヅカ「うるさいよ、何よその結婚式で新婦を奪っていく時みたいな大袈裟な手の動きは」


フモト「なんだね、もう結論は出たのだよ。モンドセレクションは花粉症だと」


スミダ「俺にも、俺にもチャンスをください! それが平等っていうもんでしょう! ぅわっくしょん!!!!!!!」


メシヅカ「うるさいから、もうちょっと声のボリューム落としても聞こえるから」


フモト「そんなに言うなら、聞こうじゃないか」


スミダ「まずですね、モンドセレクションが花粉症と一緒だとかいうこと、そんなことはどうでもいいんです!」


メシヅカ「課長を全否定したよ。せっかくチャンスもらったのに」


フモト「グサッ」


メシヅカ「『グサッ』て声に出して言う人初めて見ましたよ」


スミダ「今! この商品が持っているのは『モンドセレクション銅賞』という実績だけなんです! それを、今持っているそれを、うまく活用するのが大事なんじゃないですか!」


メシヅカ「演説じゃないんだからガッツポーズみたいな握りこぶしを振り回すのやめて」


スミダ「人は! 今持っているカードで! 戦うしかないんですよ! それをなんですか!? 花粉症!? ありふれているですって!? 当然じゃないですか! 私たちはありふれたサラリーマンで、ありふれた男で、ありふれた花粉症人です。それでも、こうして唯一無二の存在として、この商品に命をかけてるんじゃないですか! 違いますか! かあっくしょい」


メシヅカ「うん、ごめん、俺は命まではかけてないんだ。それで痰絡んでるおじさんなのかな、その最後のやつは」


フモト「スミダ君、よく言った!!!」


メシヅカ「影響受けちゃってるよこの人」


フモト「つまりスミダ君が言いたいのは、この立派な観葉植物が植えてある植木鉢ということだな」


メシヅカ「大して立派でもないですよ。段ボールの間に追いやられて痩せ細ってますし、葉っぱに埃は溜まってますし」


フモト「植木鉢というのは決められた場所に土があり、それ以上外の世界に広がり出ることは叶わない。だから、この小さな鉢のなかでいかに自分を表現するかと言うことを考えねばならないのだよ。そう、最初から持っているもので勝負するしかないのだよ!」


メシヅカ「『のだよ!』って言ってますけど、それっぽく同じこと繰り返して言ってるだけですからね」


スミダ「さすが課長! 身近なものに例えてわかりやく話してくださったんですね!」


メシヅカ「いやどちらかというと遠回りだからね? 例え話、結構分かりづらいからね?」


フモト「しかしこの植物は今にも枯れそうなほど弱っているな。せっかく私たちに大切な気付きをくれたというのに。……どれ、私が栄養剤を挿してあげよう」


スミダ「あーーーーーーー!!! っくしょん!!!!」


メシヅカ「それはバカでかいくしゃみなの?」


スミダ「課長! それですよ!」


フモト「この栄養剤かね? まさか君、この栄養剤がほしいのかね? これが花粉症にも効くだなんて、私は聞いたことないが、欲しいなら仕方ない。スミダ君にもあげよう」


スミダ「違います! そんなものいりません!!! そうじゃなくてですね! 植木鉢という枠組みの中で精いっぱい頑張る、だけど時々はこうして外から栄養剤という形で、枠組み以外から援助があるわけじゃないですか! 今、この植木鉢の中がモンドセレクション銅賞だとしたら……」


フモト「この栄養剤は新しいコンテスト受賞の実績ということか……?」


スミダ「その通りです、課長!」


メシヅカ「なんでそれで通じ合えるわけ? 全っ然意味わかんないんですけど」


スミダ「課長! 時代はデザインです! この無機質なレトルト健康食品のシルバーパッケージを改造して、グッドデザイン賞に出しましょう!!!」


フモト「おお!!! 良いアイディアだねスミダ君!!! 今度は頑張って予算とってくるから頼むぞ!!!」


スミダ「がんばりましょう!!!」


メシヅカ「全然学んでないじゃん!」




―完―


Special Thanks:アキラ(モンドセレクション金賞)、うっ(植木鉢)、次郎吉(花粉症)

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