大切な人と思い出の部屋の真ん中で……。そのに

「お父さんとお母さんが事故で亡くなったのは私のせいなの!!」


 麻衣まいの告白に俺は驚きの色を隠せなかった。

 自分のせいで両親が亡くなったとはいったいどういう意味なんだ!?


「麻衣、良かったらくわしく理由わけを聞かせてくれないか……」


 彼女の瞳の奥に動揺と安堵がない交ぜになったような色が浮かぶ。

 少しの間をおいて動揺が収まったのか麻衣がゆっくりと口を開いた。


「あれは私が八歳の頃、当時の習いごとで始めたのがダンスだったの。両親は活発で女の子らしくない私におしとやかになって欲しかったみたい。地元でも結構有名なダンス教室で私と同じ位の子供も沢山通っていたわ。教室では定期的にダンスの発表会があって優秀な生徒が選抜されるの、そこでお父さんお母さんと約束したんだ……。もしも麻衣が発表会の主役に選ばれたら誕生日に何でも好きな物を買ってくれることを」


 麻衣は君更津東女子高きみさらずじょしこうダンス部の主将を務めている。

 彼女がダンスを始めたきっかけは両親から勧めだったんだ……。


「それまでの習いことはどれも長く続かなくて困っていた両親には私の提案は驚きだったみたい、麻衣がやる気になってくれて嬉しいって!! 二人は約束に快諾かいだくしてくれたわ……」


 子供を物で釣るのは良くない気もするが思い出せば俺も小学生の頃、ラジコンが欲しくて親父と似たような約束をしたことがある。

 俺の場合はテストで百点を取ると言って最初から無理な約束だった。 


 結果は駄目だったことは言うまでもないが……。


「その約束をかてにして私はダンスのレッスンに打ち込んだの。ダンス教室の先生も驚く程、私はどんどん上達したわ。そして発表会で主役の座を獲得するまでになったの。初めて打ち込めた習いごとでの成功、私は鼻高々で浮かれていたのね。両親は誕生日にせっかくお祝いしてくれたのに、だけど……」


 麻衣が急に言葉をにごしてしまった。

 よほど思い出したくないトラウマがあるんだろうか?

 だけどここは心を鬼にして聞き出さないと駄目な気がしたんだ。


「麻衣!! お願いだ、教えてくれ、一体何があったんだ」


「両親が用意してくれたプレゼントは私が頼んだ物と違っていたの。主役の座を勝ち取れてわがままになっていた私は、私は……。こんなの麻衣の欲しい物じゃないって泣いて怒ったの……。私はお父さんとお母さんの気持ちなんてお構いなしに何てひどいことをしちゃったんだろう……」


 まるで懺悔ざんげのような麻衣の告白に俺は黙って見守るしかなかった……。


「あまりの剣幕に両親は私を残してプレゼントを交換に出掛けたの。そしてお父さんとお母さんの乗る車は途中の有料道路でセンターラインをはみ出してきた対向車と正面衝突してそこで二人とも……」


 麻衣が引きつる程の勢いで泣きじゃくり始める。

 そこまで気丈に堪えていた感情が溢れ、その場に崩れ落ちてしまった。


「私のわがままな言葉のせいでお父さんとお母さんを死なせてしまったの!!」


 彼女にそんな辛い過去があったなんて……。


 幼いころ一緒に遊んでいた従兄弟の女の子、強気で男勝り、それが俺の知る麻衣だ。会えなくなった後の彼女は想像以上に重い十字架を背負っていたのか……。

 あの粗暴な口調は彼女の心を守る鎧だったんた、本当はもろい自分を隠すための。


 目の前で泣きじゃくる少女はもう何も隠していない……。

 俺は嗚咽おえつする彼女を優しく抱擁ほうようした。


 先ほどまで麻衣のベッドの中で抱いていたよこしまな感情は微塵みじんも無くなった。男とか女とかそんなささいなことは関係ない。

 深く傷付いた人を目の前にして放っては置けない……。


 麻衣の頬に優しく手を添え涙を指先でぬぐって上げる。

 俺に触れられて泣きじゃくる彼女の動きが止まった。


「……れ、零ちん!?」



 次回に続く。

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