破れたハートを売り物に……。
――いつしか俺は夢を見ていたようだ。
身体に伝わる心地よい電車の振動と肩に感じる愛おしい女の子の重みが安らかな眠りへといざなってくれた。
それにしても不思議なものだな。二人の幼馴染の夢を立て続けに見るなんて……。
どちらも懐かしい記憶を追体験しているように目が覚めても内容を鮮明に覚えている。
そういえば思い返してみると、茜との関係性は今よりも良好だった気がする。
部屋に勝手に入って来る世話焼きの茜が当時の俺にとってはウザく感じられた。
大好きなラブコメなら最高のシチュエーションなのに、思春期真っただ中な俺にはそれが恥ずかしくて仕方がなかったんだ……。
もし、茜とあのままの関係でいられたら?
俺は夢を見て当時の気持ちを思い出していた。
茜と恋人同士になんかなれなくてもいい!! 自分の身の程をわきまえずに告白して玉砕するくらいなら一生幼馴染の関係のままでいるべきだと……。
誰よりも近くにいるのに指一本触れられない高嶺の花。
ならばその花を守る役目を担うのが俺の使命じゃないのか? そんなふうに自分をごまかしてこれまで茜の側で生きてきたんだ。
茜に言い寄る男どもから彼女を守る。幸いなことに幼馴染の俺、
野獣院という名前のおかげで期せずして茜のボディーガードがわりになっていたのは好都合だった。俺が側にいるだけで怖がって普通の男は寄ってこなかったんだ
乙歌の義理の兄貴である学園一のチャラ男、
*******
『野獣院ふざけんな!! 隠キャのお前にクラスカースト最上位の俺様が何で頭を下げたか
サッカー部のキャプテン、香坂俊にラブレターの結果を報告しに行った。俺を待っていたのはヤツからの口汚い罵声だった……。
『香坂、お前なんかに絶対茜は渡さないからな!!』
俺は野獣院やじゅういんと言う名前のおかげで、中学時代から不良グループに喧嘩を吹っ掛けられ、いつしか喧嘩慣れしてしまったんだ。香坂ご自慢のムダ毛がないツルツルの足に向かって全力でタックルをお見舞いしてやった……。
*******
香坂俊との
なぜ奴だけは俺に挑発するような態度をしてきたのか? それは香坂が俺たちの高校に転校してきた生徒だからだ。
確か半年ほど前のことだ。学年は同じだかクラスは違うので俺の悪名を知らなかったのだろう。数少ない親友で情報通の
『零、香坂も実は
『阿久!! 何わけのわからないことを口走ってんだよ。俺とあのチャラ男のどこか似ているんだ……』
『本当に零はラブコメに毒されているね。君がよく使う無自覚系な何々というフレーズは自分のことなんじゃないの?』
『ぶほっ!? ポンコツ可愛い茜じゃあるまいし、何で俺が無自覚系なんだよ!!』
『あははは!! 零は無自覚系な難聴主人公ってとこだよ。そして僕はさしずめギャルゲーの情報通な親友ってポジションかな?』
『なんだよ、阿久。自分で自覚してんじゃん。まさにぴったりだよな。お前は情報集めばかりで女にも全然興味がないし……。はっ!? もしかしてクラスカースト上位のお前が陰キャの俺に接近してきた
『ノーコメント、想像におまかせするよ……。僕のことはどうでもいいよ!! 零は香坂のことを質問したかったんじゃないの!?』
『ああ、そうだった。脱線して失敬。なんでお前は俺が香坂に似ているって言ったのか?』
『僕の情報だと香坂は前の高校である事件を起こして転校してきたらしいんだ。あんな中途半端な時期に転校して来るのは、もともと不自然だもんね……』
たしかに阿久の言うとおりだ。香坂が転校してきた時期は新学期ではなかった。後で乙歌と再会してから聞いた話と照らし合わせても親の都合じゃなさそうだ。
『なんだ、香坂の奴、チャラ男を発揮して複数の女の子でも騙したのか!? なんといういやらしい……。いやけしからん男だ!!』
『零、人の話は最後まで聞きなよ!! 実はこの学校にいる生徒は香坂について前の学校の噂でしか彼の人となりを知らないんだ。本当にどうしようもないチャラ男だったら、我が校の伝統あるサッカー部のキャプテンになんか選ばれないんじゃない?』
『お、おい阿久!! 何を寝ぼけたことを言っているんだよ。俺の天敵である学園一のチャラ男が実はいい人だとかお前、頭に何か湧いたんじゃないのか!? もしくは香坂に買収でもされたかよ!!』
『またそうやってすぐに脊髄反射で激昂するのは零の悪い癖だよ。僕は誰にも肩入れはしないよ。この学校の情報収集をしているのも深い理由があるのさ。ただ君に似ていると言った意味は野獣院の名字でいつのまにか噂が独り歩きしていた零と香坂は同じなんじゃないかと思ってね……』
・
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・
阿久裕二から投げかけられた俺と同じという言葉がいまだに引っ掛かっていた。
隣ですやすやと寝ている乙歌に聞くわけにもいかないしな……。
次の瞬間、電車が急制動をかけ、車両全体が激しく振動した。
「……むにゃむにゃ、えっ、零お兄ちゃん!! 私、いつの間にか熟睡してました?
ご、ごめんなさい」
「あっ、起こしちゃったね。乙歌がよく寝ていたから君更津駅につくまで寝かせておこうとしたんだけど……」
「わ、わたし、変な顔して寝ていませんでしたか!? 口をポカーンと開けたりして、恥ずかしい……」
「ううん、全然、それに俺も爆睡していたから」
それは半分嘘だ。乙歌の可愛い寝顔に見惚れていた。
「乙歌の出てくる夢を見ていただけだよ」
「ええっ!? 私が零お兄ちゃんの夢に!! いったいどんな内容だったんですか、まさかえっちな夢とか……」
「ち、違うよ!! 子供のころ一緒に出掛けた海の見える公園の夢だから、えっちな内容なんかじゃないから……」
「海の見える公園!? 病院の近くにあるあの国立公園ですか?」
「うん、乙歌がどうしても俺に見せたいって、体調がすぐれないのに出掛けたよな。お弁当を作ってさ。そういえばあのお弁当の件は本当に悪かったな。トンビなんか怖くないって偉そうに言っていたのにお前と広場でお弁当を広げた途端、空からトンビの襲撃にあって俺は情けなく悲鳴を上げちまった……」
「ううん、零お兄ちゃんはしっかりと身を
そうなんだ。俺はトンビを甘く見ていた。その鋭い爪と激しい羽音にすっかり縮み上がってしまったんだ。何とか療養中の乙歌だけは守ろうと
『次は終点〜。
無情な車内アナウンスが俺たちの追憶を破った。
「……もう駅に着いちゃいましたね」
「ああ……」
「私、おうちに帰りたくないな……」
もちろん俺も同じ気持ちだった。彼女と繋いだ手に力がこもる。
このまま電車を降りて駅の近くにある乙歌のマンションに行ってしまいたい衝動がこみ上げてきた。
だけど彼女はまだ女子高生だ。ちゃんと親御さんのもとに送り届けなければならない。一時の快楽に溺れて乙歌の未来を台無しにはしたくない……。
それに今は行方不明だか茜から彼女のエスコートを
「乙歌、今日はちゃんと……」
ちゃんと家に帰ろうと言いかけた瞬間、自分の視界に映った光景に目を奪われた。
「なっ……!?」
「零お兄ちゃん!?」
乙歌と繋いだ俺の手が力なく
ぱくぱくと金魚みたいに口が開いてしまうのが止められない……。
背筋を冷たい汗が流れ、心臓が早鐘のように打ち鳴らされた。
駅に停車した電車の窓から俺が見た光景は!?
線路と並行して伸びる駅前通りを歩く一組の男女の姿だった。
「……茜!! なぜお前はここにいるんだよ!?」
「零お兄ちゃん、あ、あれは茜さんと!?」
俺が見間違えるはずはない。女性は旅行先から行方不明になった美馬茜だった。そして並んで歩くもう一人の男性は……。
「れ、零お兄ちゃん、なぜ茜さんと俊さんが一緒にいるんですか!?」
次回に続く……。
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