大切なことはすべて彼女が教えてくれた 

「――れいお兄ちゃん、お勤めお疲れ様でした!! 女装コスプレすっごく似合ってましたよ♡」


 パレード終了後、神社前の広場に移動して人混みを避けるようにベンチで休憩していた。俺の姿を見つけると満面の笑みで香坂乙歌こうさかおとかが駆け寄って来てくれる。


 慣れない踊りに加え、パレードの後半では先頭に立たされてしまった。両脇で狂ったようにキャラクターが描かれた陣旗が振られるのを横目に、俺は駅前商店街を練り歩いた。

 このカオスなお祭りが市役所公認と聞いて俺は驚きを隠せなかった。攻めすぎじゃないのか、秩◯市恐るべし……。


 そして人間の適応力とは恐ろしい物で女装コスプレに最初は抵抗があったが、同じ格好をした白いワンピース集団に囲まれ見よう見まねで踊っていると次第に自分の中に不思議な感情が芽生えていくのが感じられた。

 俺は女装するのはもちろんコスプレも初体験だ、どちらかと言えば可愛い女の子のコスプレを鑑賞したい側だ……。 

 だけど、だけどね、野獣院零やじゅういんれいちん、またまた一つお利口になっちゃったものな……!!


 俺は声を大にして言いたい。コスプレは観るよりやる方が何倍も楽しいと!! 踊る阿呆に見る阿呆とはよく言った物だ……。


 狂乱の女装パレードは終了したが駅前商店街はまだまだ活気に包まれ、俺達の座るベンチ前の大通りもお祭りの見物客が慌ただしく行き交っていた。

 まるで都会の人混みを彷彿させる混雑具合だか、決定的な違いがあることに俺は気がついた。


「……みんなが笑顔で素敵ですね、何だか嬉しいな」


 隣に座る乙歌がポツリとつぶやいた。そう笑顔だ、都会では行き交う人は皆、苦虫を噛みつぶしたような表情をしている、もしくは視線はスマホに釘付けだ。

 街中だけでなく電車の中も同じだ。だけどこの駅前商店街に居るすべての人に共通するのは笑顔だった。ひさしぶりの大規模なお祭り、地域の交流もあり、子供から大人まで晴れの舞台に皆、嬉しそうな笑顔が共通していた。


「零お兄ちゃんの隣にずっといた小さな女の子、覚えてます? 同じコスプレの衣装で一生懸命踊っていましたね。とっても可愛かったな……。私、何枚も写真撮っちゃいました!!」


 長い黒髪を後ろでまとめた彼女の横顔が妙に大人っぽく見える。

 黒いベンチコートを着込んだ細い肩に、俺はしばらく視線を落とした。

 例年より暖かい気候だが山間に囲まれたこの地域は夜になると少し肌寒い、パレードで踊り狂っていた間は気にならなかったが汗を掻いた身体が冷えてくる。


「そういう乙歌が一番楽しそうだな、そんな風に屈託くったくなく笑うんだね……」


「私、大きく口を開けたりして馬鹿笑いしてましたよね、恥ずかしいな……。だけどあんなに笑ったのひさしぶりです。涙が出ちゃうほど笑っちゃいました!!」


 涙を拭う仕草を見せながらおどけてみせる乙歌、その頬には微かに涙の軌跡があり、細い人差し指で上気した頬を自分でなぞってみせた。


「やっぱり乙歌は可愛いよな……」


「……えっ、私が可愛いって!?」


 激しい踊りの心地よい疲労感でランナーズハイならぬ、レイヤーズハイなのか思わず心の声がダダ漏れになってしまった。普段の俺なら慌てて誤魔化したかもしれない。だけど今夜は魔法が掛けられたみたいに素直になれた。その後の行動に自分でも驚いてしまった。


「お、お兄ちゃん、顔が近いですよ!?」


 乙歌の肩をこちらに引き寄せ上半身を優しく抱きしめる。

 彼女のベンチコートのえりが俺の剥き出しの腕に触れ、ナイロン素材の固い感触が伝わってくる。乙歌の動揺と共に柔らかな身体が強張るが構わず俺は続けた。


「……乙歌の身体は暖かいな、このコスプレの白いワンピースだけじゃ寒くってさ。風邪でも引いたら困るからしばらくこのままでいてくれないか?」


「……」


 乙歌は身じろぎもせず俺の両腕に抱きしめられたままだった。

 ヤバい、キャラじゃないことして調子に乗って怒らせてしまったか……。


「おーい乙歌、怒ったのか?」


 問いかけても乙歌は一言も喋らない、完全に怒らせてしまったかもしれない。

 思いっきり横っ面を張り倒されてベンチに横たわりながらおのれの足をピクピク痙攣けいれんさせているラブコメのお約束な場面を思い浮かべたが、しばらく待っても痛烈なビンタは飛んでこなかった……。


「……ねえ、零お兄ちゃんはワンちゃんって好きですか?」


「ワンちゃんって、あの一本足打法のホームラン王!?」


「それは意味不明です、終身名誉GMじゃありません」


 お約束で返してくれる乙歌、昔のままで俺は嬉しくなった。

 子供の頃、病院で良く掛け合い漫才みたいにしていたっけ……。


「ごめん、ごめんワンちゃんって犬のことだろ、家でも小型犬を飼ってるし、もちろん大好きだよ。だけど何でそんなこと聞くの?」


「良かった!! 私もワンちゃん大好きです、お家にもトイプードルの男の子が居て家族同然なんですよ。もう老犬ですけど無二の親友みたいで寝るのもいつも一緒、可愛いのがトイプーってもふもふな毛並みなので私のテディベアにまぎれてしまうと見分けがつかないんですよ♡」


 乙歌はテディベア収集が趣味だったな、百均ショップで買い物した時、キャンペーンシールを集めて二人でゲットしたテディベアを嬉しそうに抱きしめる姿が脳裏に蘇ってくる。乙歌がテディベア好きなのは同じくモフモフなトイプードルを飼っている影響かもしれない。


「ワンちゃんって布団やソファーで寝るのが大好きだよね。家の犬も良く寝てるよ、あと俺が脱いだ服の上に乗っかって寝るんだ。服が下敷きにされて取れなくなって困っちゃうよね。でも何で犬って服の上に寝るのが大好きなんだろう?」


「それは飼い主さんの匂いが脱いだ服に残っていてワンちゃんが安心するって、かかりつけの獣医さんが教えてくれました……」


 そうか、人より嗅覚の鋭い犬ならではだな、納得だ。

 だけど何で乙歌はワンちゃんの話するのかな?


「ワンちゃんの中でもトイプードルってすっごい甘えん坊なんです。警察犬になるくらい頭が良いっていうのもあるんですけどその反面ジェラシーも強くて多頭飼いに向かない所もあります。他のワンちゃんが大好きな飼い主さんに可愛がられているとすごい嫉妬犬になります……」


 俺の胸に抱きしめられたままささやく度に彼女の吐息で俺の白いワンピースの胸元が温かくなる。石鹸の甘い香りが鼻腔びくうをくすぐった。それと同時に自分が汗を掻いていることを思い出した。


「お、乙歌ゴメン、汗臭くないか、俺?」


「ううん、平気ですよ、零お兄ちゃんの匂いに包まれていると何だか落ち着きます、

 こうしていると私ワンちゃんみたいですね。甘えん坊のトイプードルとおんなじだ。凄い嫉妬犬みたいになったらどうしようかな……」


「……乙歌、お前は」


「零お兄ちゃんのことが大好きです。ずぅっとこのまま抱きしめていて欲しい……」


 お祭りの喧噪けんそうが何故か遠くに聞こえる。

 彼女の心音しんおんを感じながら俺は何も言えなくなった。


 今はこの腕の中のぬくもりを大切にしようと心に誓った……。



 新展開の次回に続く!!



 ☆☆☆お礼とお願い☆☆☆


 あけましておめでとうございます!!


 本年も何卒よろしくお願いいたしますm(_ _)m


 ここまで読んでいただきありがとうございます。


 少しでもこの作品が面白いと思っていただけましたら、


 レビューの★や作品ブクマ・♡でご評価いただけたら嬉しいです。


 今年も毎日午前七時五分ごろに更新予定です。

 

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