大切なことはすべて妹系幼馴染が教えてくれた。 そのに

「――零お兄ちゃん、こっちを見てください!!」


「お、乙歌、お前はいったい何を悲しんでいるんだ!?」


 普段の大人しい彼女からは想像出来ない声音に気押けおされてしまった……。

 彼女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでおり桜色の唇をきゅっと真一文字にむすんでいる。


「……私は零お兄ちゃんのことが大好きです!!」


 重ねた手のひらに力が込められる。乙歌の想いが痛いほど俺に伝わってきた。


「乙歌 お、俺は……」


「それ以上は言わないでください、零お兄ちゃんの答えは聞かなくても分かるから……」


 俺たちの腰掛けているベッドが動いた拍子に軽い音を立てて軋み音をたてる。


「それに今の私には零お兄ちゃんと付き合う資格なんかない……。茜さんの手紙を見てその内容に喜んでしまった自分が許せないんです!! これでお兄ちゃんと二人っきりになれるって心の奥底で思ってしまった自分自身が許せない……」


 乙歌はあふれる涙を拭おうともせず俺を真っ直ぐ見据えていた。

 そんなむき出しの姿に何も言えなくなってしまう……。


「大好きな零お兄ちゃんに、こんな醜い私を見て欲しくないのに。 ううっ!!」


 そこまで喋るのが精一杯だったんだろう。彼女の目からこぼれ落ちた涙のしずくがポタポタと俺の浴衣ゆかたの袖に染みを作った……。


 これほどまでに俺のことを想ってくれる女の子なんて他に存在するだろうか!?

 何も取り柄がないこんな俺のことを……。


 俺の頭の中で何かが音を立てて切れた。


「乙歌!!」


「……れ、零お兄ちゃん!?」


 反射的に乙歌の身体を強く抱きしめてしまった。華奢きゃしゃな肩にまわした腕に彼女のぬくもりと同時に戸惑いが伝わってくる。


「乙歌の想いは醜くなんかない!! 本当に醜いのは俺のほうだ。こんな優柔不断な俺自身が……」


「零お兄ちゃん、泣いているの……!?」


 彼女のことを大事に思うから何もしないとか、それは詭弁きべんにしか過ぎない。茜と乙歌、二人の幼馴染みを両天秤りょうてんびんに掛けて自分に都合良く言っているだけだ!!


「乙歌に相応ふさわしくないのはこの俺のほうだ。もし茜が急遽きゅうきょ席を外さなければこのまま二人と夜の個人レッスンをやる気満々だった……。お前の気持ちも考えずに俺は、俺は……!!」


 彼女は露天風呂で俺を介抱してくれたときに言ってくれたのに……。

 私が全力で零お兄ちゃんを守る!! って。それなのに俺はエロいことばかり考えて両手に花なんて馬鹿みたいに浮かれていたんだ。本当に最低な男だ……。


「……じゃあ、おあいこですね」


「えっ!?」


 俺の胸に顔をうずめたまま、彼女がぽつりとつぶやいた。


「零お兄ちゃんも私もこれでおあいこです。だから自分のことを責めないでまたゼロからスタートしましょう!!」


「乙歌、お前って奴は……」


「うふふ、れいお兄ちゃんだけに、なんちゃって♡」


「はぁ……!?」


「零お兄ちゃん……。 ここは笑うところです。でないと私が馬鹿みたい」


 ええっ、俺の名前に掛けて冗談を言っていたのか、あの真面目な乙歌が!?


 思わず驚いてまじまじと乙歌の顔を見つめてしまった……。

 途端に火がついたように彼女の頬がみるみると赤く染まっていく。


「んもうっ、お兄ちゃんなんて知らない!!」


 ふくれっ面でそっぽを向いたその横顔が幼い頃の乙姫おとひめと重なった。

 あの病室で当時流行っていたなぞなぞの本を持ち寄り、二人で良く問題を出しあって笑い転げていたな……。


「ぷっ、あははっ!!」


「ああっ、その笑いかたは絶対に乙歌のこと馬鹿にしてる!?」


「ゴメン、ゴメン、だってお澄まし顔で言うんだもん。冗談だって分からなかった」


「駄目です、許しません、完全に傷つきました……」


 完全に乙歌を怒らせてしまったみたいだ、俺に視線を合わせようとしない。


「乙歌、いったいどうしたら許して貰えるの?」


 ヒュー……ドン!!


 次の瞬間、窓の外のけたたましい破裂音が俺達の会話を遮った。

 駅前を一望出来るホテルの窓辺にきらびやかな光が差し込んで来る。


「こんな時期外れに花火だと……!?」


「そういえば今晩、駅前商店街がお祭りだって茜さんが言ってましたよ」


 慌ててカーテンを開けると眼下に見える駅前広場は大勢の人で賑わっていた。

 今回のモニターツアーもこれまで自粛だったイベントが出来るようになって、

 それに合わせて開催されたんだ。お祭りも時期をずらして開催なのかもしれない。


 モニターツアーのパンフレットで確認すると商店街でナイトバザールがあり、

 今回はあわせて、あの伝説の奇祭きさいナベアツ祭りが開催されることに俺は度肝を抜かれた。


 これには驚いたな、今回のモニターツアーの聖地巡礼。その作品のキーマンになる女装キャラをフィーチャーしたカオスなお祭りだ。これは何が何でも見てみたい!!

 窓から身を乗り出すと駅前を練り歩くサンバカーニバル隊の後方に白いワンピースの集団が見えた。


「……こ、これはひどすぎる!? (誉め言葉)」


 作品の美少女ヒロインと同じ白いワンピースと銀髪のカツラを着けたごつい集団が総勢二十人以上はいるだろう。遠目にも女装ってすぐに分かる、すでにとんでもないカオス状態だ。


「えっ、えっ!? れ、零お兄ちゃん、あの人達はいったい何ですか?」


 あまりの光景に乙歌も目を丸くして驚いている。

 まあ、世の中には知らなくていいモノもあるんだよ……。


「えっと、たしか茜さんの置いていってくれた衣装の中に……」


 乙歌が部屋のクローゼットに掛けられた衣装を取り出す。

 茜が個人レッスンの制服プレイ用に持参した物だ。

 あれ!? これは制服じゃないぞ、そして彼女の片手に持っている物は……。


「……お、乙歌、そっ、それは!?」


 白いワンピースと銀髪のカツラ、作品の美少女ヒロインの衣装だ。

 まさか乙歌が俺のためにコスプレしてくれるの!?

 

「うひょおおっ!! 乙歌がその恰好したら俺、どうにかなっちゃうかも……」


「何を言ってるんですか!! コスプレをするのは零お兄ちゃんです。茜さんのファイルにもそう書いてありますから……」


 えっ、その衣装を俺が着るの!?


「これでお祭りに参加すること必須項目ひっすこうもくだって伝言が書いてあります、さあ、早く着替えてください!!」


 カポッと銀髪のカツラを俺の頭にかぶせる乙歌、いつになく嬉しそうだな。

 お前、絶対にさっきの仕返しをしているだろ……。


 そして数十分後、カオスの中心に俺は立っていた。飛び入り参加にも関わらず、

 女装集団のみんなは、おお同志よ!! と暖かく迎え入れてくれた。


 俺はなかばやけくそになって踊り狂った。サンバと和太鼓のリズムに合わせて。


「零お兄ちゃん、女装がめちゃくちゃ可愛いです!! こっちを向いてください♡」


 証拠の動画撮影を終えた浴衣の乙歌が、リンゴ飴を片手に沿道から歓声を上げる。

 彼女とすれ違いざまに俺はお約束のセリフを言い放った。



「……これで満足か!!」


 俺の魂の絶叫に連呼して周りのみんなも口々に叫んでくれた。


「「「これで満足か!!」」」×二十数名の女装集団のみなさん。


 遥かにそびえる武甲山に響き渡る野太いおとこたちの叫び声、

 カオスな夜はいつしかけていった……。



 次回に続く。



 ☆☆☆お礼とお願い☆☆☆



 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 来年も毎日午前七時五分ごろに更新予定です。


 少しでも面白いと思っていただけましたら、


 レビューの★や作品ブクマ・♡でご評価いただけたら嬉しいです。


 それでは皆様も良いお年をお迎えくださいm(__)m




 

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