幼馴染と秘密のお泊り。そのさん

【……もう少し、あと少しで私たちの約束の場所が見えてくるよ!!】


 ヘッドフォンから流れる言葉に俺は胸が高鳴った……。


 初めて訪れる場所なのに妙な既視感デジャヴュを感じる風景、何度も何度も繰り返してみた物語。その舞台に立っている事実が俺を激しく高揚こうようさせた。そして何よりも嬉しいのは自分が感動した物語の舞台に大切な人を連れてこれたことだ。


 大好きな幼馴染の茜と同じ感動を共有出来る今回のモニターツアー。放送開始から十周年を迎えた作品の舞台になった山間に囲まれた街並み。

 アニメの舞台となった十三か所のスポットを巡り、新開発されたARサウンドで物語のヒロインと一緒に聖地巡礼の体験が出来るんだ!!


 俺の影響ですっかりアニメや漫画に詳しくなった茜も楽しんでくれているみたいだ。過去に消えた幼馴染との思い出にまつわる作品の舞台を、現実の幼馴染である茜と一緒に散策出来るだけでも俺は旅行に来た甲斐がある一日だった……。


 特に彼女が喜んでくれたのはお昼の食事だ。この地域の名物である豚丼とわらじかつ丼、俺はどちらを食べるか頭を悩ませたが偶然見つけたお店で、両方がセットメニューな上にもう一つの名物であるみそポテまで頼むことが出来た。


 慣れないレンタル自転車で散策し、疲れてお腹もペコペコだった茜は食事を美味しそうにたいらげてその様子を見て俺はとても幸せな気分になった。

 茜の食べっぷりが見ていて気持ちいいのもあるが、可愛い女の子と差し向かいで外食する。最近の状況下で俺たちの生活の中で制限されていたことが当たり前に出来た満足感も大きかった。

 

「茜!! もうすぐ目的地のあの橋が見えてくるけど車には気を付けてな」


「零ちん、いよいよだね!! この大きい橋がそうなの?」


「目の前の橋は新しいほうで、右手に見える旧い橋が今日の最終目的地だ」


 最後のポイントに差し掛かった俺のヘッドフォンから不意に流れる言葉。


【何度もこの場所にきてくれた人も、初めての人もおかえりなさい!!】


 ……駄目だ、反則過ぎだろ、そのボイスでおかえりなさいを言われたら泣くしかない。


 今日だけで俺は何回、感極まったのか覚えていない。

 この街全体が狂おしいほどの郷愁きょうしゅうを誘うからだ。あの丘、あの神社、そして……。


 みんなの約束の場所に向かうあの橋。


 俺は記憶の欠片かけらを拾い集めるように自転車のペダルを踏み込んだ……。


 機会があればぜひ体感して欲しい。映画版のキービジュアルになった階段下での声の演出は音楽の魅力と相まって、俺は茜の前なのも忘れて涙を流してしまった。


「茜、ゴメンな、みっともない姿を見せちゃって……」


「ううん、零ちんが泣いているのを見て私も思わずもらい泣きしちゃった。来て良かったね、この場所も、この街も……」


 茜の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「えへへ、零ちんに泣いているの見つかっちゃったね……」


 茜の涙を見ていたら俺はふと子供の頃を思い出した。


「茜は覚えているかな、小学生の時、学校の裏山に秘密基地を作ったこと。いま思うと本当に馬鹿だったよな、ダンボールを集めて作った小屋を秘密基地なんて……」


 俺たちは近所のスーパーから貰ってきたダンボールで小さな小屋を作ったんだ。

 家からおもちゃやお菓子を各自持ち寄って、家に帰らずここで暮らすんだって、我ながら子供の発想は無謀で恐ろしいな……。


「秘密基地、懐かしいな!! 確か私が零ちんに無理やりお願いしたんだよね。お母さんと喧嘩した茜が家に帰りたくないって言ったから……」


 そうだった、茜にいいとこを見せたくて安請け合いしたんだ。

 その頃からまったく俺は変わってないな、先日の乙歌との何でも言うこと聞く券の約束といい、自分の安請け合い大魔王の癖は……。


 あっ、そう言えば乙歌との約束の件、茜にともだ◯んこを喰らわされたあの夜、

 嘘はつかない約束で全部白状したんだ。ハンドボールの選手として尊敬する茜に、

 乙歌は二人羽織の個人レッスンをぜひ受けたいって話を……。


 だけど絶対に無理だよな、いくら練習とはいえ乙歌はライバル校のスタメン選手だし、何よりもあのおとなしい乙歌のおっぱいをとか出来ないだろう。


「……零ちん、私達の秘密基地は一晩も保たなかったよね、夜に雨が降ってきて」


「そうだな、ダンボールが雨に弱いなんて考えればすぐに分かることなのにさ。せめて橋の下とかここの場所みたいならかなり雨が防げそうだ」


「ここでダンボールハウス作ったらせっかくの聖地が台無しでしょ、零ちん。それに今晩は高級ホテルにお泊り出来るんだし、あっ、そろそろチェックインの時間だね」


 むっ!! 聖地巡礼ですっかり賢者モードになっていて煩悩を忘れていた。今夜は茜とのエロい個人レッスン第二弾が待ち構えているんだ!!


 第一回目は茜のペースに飲まれていたが今回は絶対に俺のターンにするんだ。

 今回の夜の秘密レッスンは攻めて攻めて攻めまくるぞ!!


 ポーン。


 茜の携帯にメッセージが入ったみたいだ、いったい誰だろう!?



「あっ、来た来た、零ちん急ごう!! もうホテルに着いたって……」


 えっ、ホテルに着いたって誰が!?


「あ、茜、俺たち以外に誰がいるの、親は別のホテルだったよね!?」


 ……妙な胸騒ぎがする。


 茜はにっこりと笑いながら俺に衝撃の事実を告げた。



「うん、私が個人レッスンの生徒として呼んだんだよ、香坂乙歌こうさかおとかちゃん!!」



「お、乙歌が俺たちと一緒に個人レッスンを!?」



 俺は膝から崩れ落ちるという経験を十七年生きていて初めて味わってしまった……。


 次回、【狂乱のエロい夜の大運動会に続く!!】


 

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