幼馴染と自宅で秘密な夜の補習。
……自転車で坂を登るという行為が子供の頃から好きだった。
初めて補助輪が外せた自転車のことは鮮明に覚えている。近所の自転車店で親父が購入してくれた一台だ。
自転車は初めて俺が手に入れた自由の翼に思え、一気に行動範囲が広がった。
その後も様々な場所に自転車で出掛けた。一緒について来たがる幼馴染の
いま思い返すと俺は自転車で冒険に出掛けたかったのかもしれない……。
徒歩でもない、車でもない、自転車の速度。徒歩だと距離が限定されてしまうし、
車では速度が速すぎる、住みなれた近所の道を一本入っただけでもそこには見たこともない景色が広がるんだ。まるで懐かしいファミコンゲームの冒険みたいに。
自転車で出掛ける楽しさに魅了された俺は行動範囲をどんどん拡大していった。
近所に住む自転車愛好家のお兄さんから教えてもらった話に強く共感したことがあった。
『自転車のロングライド、それは距離が壊れた者だけが集う!!』
普通の人は自転車で行ける距離と聞けば、片道数kmぐらいと答えるだろう。
距離が壊れた自転車愛好家の人は、一日で百二十km以上と軽く答えるそうだ。
まったくどうかしているよな。これはもちろん褒め言葉だ。
子供のころの俺にもロングライドの
競技向けの本格的なロードバイクではなく、子供用の自転車で六十kmの距離ぐらい平気で出かけていたからな。
そんな俺に親父は何も言わなかった。逆にサイズの小さいフレームで一台、自転車を組んでやろうかと言われた。
親父は若い頃からかなりの自転車好きでお店で売っている完成車ではなく、ギアのコンポやブレーキの部品を揃えてフレームから組み立てるのが趣味だったから。
だけど子供のくせに偏屈だった俺はいかにも速そうな超軽量のロードバイクより、
重量の重い普通の自転車に変なこだわりを見せた。
……ごく普通のママチャリでロードバイクをぶち抜く!!
見るからに性能の劣る乗り物で実力が上の相手に勝負を挑む。
某走り屋漫画のとうふ屋がパンダトレノのハチロクを選ぶ
ママチャリの性能アップは一部の好事家がやる魔改造が有名だが、そこまでのお金がない俺はとりあえずペダルをビンディングタイプにしてフロントのクランクギアを大径に交換した。これだけでも下手なロードバイクは下り坂のダウンヒル勝負でカモれるようになった。
機材だけでなく当時の俺が、勝負を挑んだロードバイクを乗る大人に比べ、体重が軽かったのも大きいだろう。
親父に言わせればどんなに高級なロードバイクを買っても、肝心の
自転車のエンジンとは乗っている人間のことを指し、車やオートバイと違うのは、
速さをお金で買えない分野が自転車競技なんだ。まあ、これも親父の受け売りだけどね。
ロードバイク狩りは俺の密かな楽しみになった。
下り坂の勝負限定なのは上り坂のヒルクライムは自転車の重量があって、かなり無理ゲーすぎるからだ。卑怯といわれても構わない。
ああ、またこんな話をしていると茜に怒られそうだ。零ちんは悩みを抱えていると
いつも無関係な話を延々と語り続けるって……。
そうだ、俺は二人の幼馴染の
いつもの軽口を言ってもまったく心が晴れない、反対に真っ黒な雲に包まれている気分だ。むくむくと最悪な考えが頭をもたげてくるのを押さえらない。
自宅に帰る途中には近所でも有名な心臓破りの激坂があり、その下り坂はママチャリでも普通に下手なスクーター並のスピードが出る。そのままの速度で転倒したら軽装の俺はただでは済まないだろう。勢いよく坂を下る自転車。俺は全力でペダルをこいだ。顔に受けた激しい風圧に思わず涙が流れる。ああ、その前から既に俺は泣いていたんだ……。このままブレーキを握らずにガードレールに突っ込んで死ねたらどんなに楽だろう。
人生最後のチキンランを洒落込むってのも悪くないな……。
*******
結局、俺は死ねなかった……。
そんな度胸もないヘタレだ。様々な感情がない交ぜになりまた叫び出しそうになる自分がいる。
自己嫌悪で押しつぶされそうになるなんて自分勝手な言い分だ。
がんじがらめになった俺がむかった場所は結局……。
カンッ!!
軽い音を立てて小石が跳ね返る。
もうこの部屋の住人は寝てしまったのだろうか?
もう少し、大きめの石を投げるか……。
ガシャ!!
おわっ!? ヤバっ!! 石が大きすぎたのか近隣の飼い犬が音に反応してワンワンと吠え出すのを合図に部屋の窓に明かりが灯った。さいわいなことに窓ガラスは割れていない……。
部屋の窓から一人の女性が顔を覗かせた。
「……零ちん、こんな遅い時間にどうしたの!?」
会えなかった時間はごくわずかなのに顔を見た途端、この胸にこみ上げてくる感情の名前はいったい何だろう……。
「……茜、こんな時間に悪いな、ちょっと下まで降りてこれないか?」
いつもと変わらぬ茜がすぐ近くにいてくれる。こんなシンプルなことに俺は感謝の気持ちを忘れていた。最近調子に乗っていたのは確かだ。急速に距離を縮めた俺と茜、あの濃密な個人レッスンを思いだす。
俺に好意以上の気持ちがなければ、たわわなおっぱいをもにゅもにゅさせたり、事故とはいえ敏感な先っぽを
茜には俺とは別に好きな人がいるから、その人のために恋の予行練習をして欲しいと言った。意中の相手に激しい嫉妬の炎をたぎらせてしまうが一時休戦だ。
茜と同じ大学を目指すために全力で挑まなければいけない。
その第一関門が体育祭で二人三脚のペアを組んだ俺と茜は完全優勝を目指すんだ。
だけどその前にやっておかなければならないことがある。
「……零ちん、お待たせ」
すっかり冷え込んだ玄関先に部屋着の茜が姿を現した。
パジャマの上にもふもふな白いコートを着込んでいる。いけないとは思いつつ、
たわわな二つの膨らみに俺の目は奪われてしまう……。
やっぱりおっきいな茜のおっぱいは。
「どうしたの? 旅行の買い物に行ったきりで帰ってこないから、とても心配したんだよ、携帯電話の着信見なかったの……」
ヤバい!? 携帯はマナーモードのままで鞄に入れっぱなしだった。
待ち受け画面を見なくても多数の着信があることが予想出来た。
「……茜、詳しいことは後で話す、いまは俺のお願いを聞いてくれないか?」
「えっ、零ちんのお願い!?」
俺の
「零ちんがそんな真剣な態度で言うなら何でもお願いを聞くよ、エロ関係以外でね」
普段の茜は結構堅物なんだ、俺にとってはどエロい二人羽織のレッスンも指導の一環と信じて疑わないんだ。だからおっぱいを触られても平気なんだろうな。
いい意味で茜のポンコツ可愛いところだ……。
「エロ関係じゃないよ、だけどかなり痛い話かも……」
ダブルミーニング的に言って、心も身体も痛いんだ。
「茜はハンドボール部だからシュートするのは大の得意だよな、ゴールネットを揺らす勢いで俺を思いっきり殴って欲しい……」
もちろんグーパンチでだ、何も聞かずに殴って欲しい。これは俺の自分勝手なエゴだ……。
「よーし分かった!! 零ちん、手加減はなしだよ。全力で潰しに掛かるから……」
俺は観念して目を閉じてから一歩前に進んだ。……んっ、待てよ!?
茜はいま何て言った? 語尾のところで全力で潰しに掛かるって言った気がする。
「ま、まさか!? あ、茜っ、待ってく……。 ぐおっ!!」
ハンドボール部のエースである茜が全力で潰しに掛かったのは俺の零ちんだ。ぐうり、ぐうりとアイアンクローが股間に炸裂した。
と、ともだ◯んこだっ!! それも手加減なしの握力で!?
俺という
「おひゅうっ!!」
「零ちん、隠しごとは駄目だよ。これからは茜の言うことをよーく聞いてね……」
「わ、分かったから、何でも言うことをきくからぁ!!」
「零ちん、約束だよ、なんてったってみんなでお泊まり旅行に行くんだから♡」
「……み、みんなっ!? ふ、ふたりだあああよねええ!!」
俺はそのまま泡を吹きながら玄関先で失神してしまった。
これで失神するのは何度目だろう。薄れゆく意識の中で何も聞かない茜の優しさに感謝しながら……。
次回に続く。
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