清楚系美少女と病院のベッドで課外授業。そのに

 ……俺は強烈な煩悩と戦っていた。


 俺は三度の飯よりラブコメが大好きだ。野獣院やじゅういんという名前に強烈なトラウマを抱え、子供の頃からつちかわれた暴力的な物へ深い嫌悪感を感じていたのも根底にあるが、初めてラブコメ小説を読んだ時の感動は今でも忘れられない……。         


 *******


 俺が幼い頃に亡くなった母の部屋はしばらくの間そのままの状態にされてた。

 親父に言われたわけではなかったが暗黙の了解で母の部屋には入らなかった。

 いま思えば子供なりに父の深い悲しみに配慮していたんだろう。


 そんなある日、母の部屋に入る機会が訪れた。家の改装工事のため、

 母の部屋の整理が急務となり幼い俺も手伝いに駆り出されたんだ。


 父親は片付けには参加しなかった。用事があると言っていたが、それはたぶん嘘だ。思い出深い母の遺品を整理することに抵抗があった父はきっと立ち会うのが辛かったに違いない……。


 そしてお祖母ちゃんと俺で片付けの為に母の部屋に足を踏み入れた。


 『うわあっ!?』


 一歩足を踏み入れた母の部屋、俺は目の前にに広がる光景に思わず息を呑んでしまった。壁中を埋め尽くす蔵書の数、下手な移動図書館ぐらいはあった。


 もともと本好きだった俺にとっては夢のような光景が広がっていた。


冴子さえこさんは本の虫だったからねぇ……』


 お祖母ちゃんが柔和な笑顔で俺に告げた。冴子とは俺の亡くなった母の名前だ。


『……おばあちゃん、この本全部捨てちゃうの?』


 本好きの俺はチクリと胸が痛んだ。だけどお祖母ちゃんの答えを聞いて安心した。


『いや、捨てないよ、達也たつやが言ってたんだ。零の為に残すんだって……』


 母の形見である本を俺の為に残す!? いつもはいい加減に見える親父のセリフとはとても思えない。


 お祖母ちゃんの話では母は一人息子である俺に、何かメッセージを残したかったそうだ。母は悩んだ、手紙、ビデオメッセージ、どれもピンとこない……。 考え抜いたすえに無類の本好きだった母はやっと名案を思いついたそうだ。


『……零、その木製の本棚を見てごらん、全部番号順になっているから』


 お祖母ちゃんに促されるままに本棚の前に立った。並べられた本の背表紙に番号が記してある。


『……おばあちゃん、これってまさか!?』


『お前のお母さんの字だよ、冴子さんは亡くなる前に一生懸命に書いていたんだ……』


 子供向けの児童書が並ぶ本棚、決してキレイと言えない文字、写真でしか顔を知らない母。


 俺は目頭が熱くなるのをこらえ切れなかった……。


『達也は照れくさくて面と向かってお前に言えなかったんだよ。冴子さんの伝言を、

 零の成長に合わせて本を読んで欲しいってこと』


 滲む視界に映った本棚のネームプレートにはこう書かれていた。


【零くん文庫、小学校低学年コーナー】


  それからの俺は寝る間も惜しんで本を読みまくった。

 母の蔵書は広範囲に渡っていて、小説、漫画、児童書、専門書、お勧めの本は別に順番でなくとも良いとメモがあった。そして何より嬉しかったのは母からのメッセージが付箋で本のあいだに貼ってあったことだ。それは本の感想であったり当時の父とのたわいのないやり取りだったり、俺の年齢に合わせたメッセージもあった。


 まるで亡くなった母と会話のキャッチボールをしている気分だった。


 俺がラブコメ好きになったのは母の用意してくれた文庫のお陰だ。

 いつしかラブコメの誰も傷付けない世界、それに俺は夢中になった……。

 現実逃避と言われても構わない、普段の現実が厳しいぶん、物語の中くらい甘々に浸かってもいいじゃないか。



 *******



「零お兄ちゃん、私、やっぱり重くないですか?」


 心配そうな乙歌ちゃんの顔が間近にある。俺は強烈な煩悩と戦っていた。


「……大丈夫、重くなんてないよ。ほらこの通り!!」


 俺は彼女の身体を重量挙げのように上下させてみせた。


「きゃあ、ぷっ、あははは!! 零お兄ちゃん、ちょっとストップです!!」


 乙歌ちゃんがこんなに笑うのは初めて見た。痴漢冤罪の出会いが強烈なのと、

 近隣でも有名なお嬢様女子校のイメージでクールな印象を受けていたが、

 笑っていると年相応の女の子なんだな。こっちのほうが可愛らしい。

 って、俺は何デレデレしてるんだ!! 気を引き締めろ、この子はどんなに可愛くても俺の本当の妹じゃないんだ。

 よりによってあの学園一のチャラ男、香坂俊こうさかしゅんの実の妹なんだ。勘違いするな零。


 先日、茜のラブレターの件で香坂といざこざを起こしたばかりだった。口汚く罵る奴に堪えきれなくなった俺が先に掴みかかったんだ。

 幸い大事には至らず双方怪我はなかったが、俺は奴の顔面に一発パンチをお見舞いしてしまった。


 喧嘩両成敗とは言え、最初に手を出した俺は親父と一緒に香坂の家まで謝りにいった。

 香坂はサッカーの練習で不在だったが、彼の父親は快くこちらの持参した

 菓子折を受け取ってくれた……。 

 そうだ思い出したぞ!! 香坂の家は裕福そうで立派な家だった。その広い玄関エントランスの奥にセーラー服の女の子の姿が見えた。あの子が乙歌ちゃんだったのか!!


「乙歌ちゃん、俺が自宅にお詫びに行ったとき君は家にいたんだね」


「零お兄ちゃん、気が付くのが遅すぎですよ。私も見送りに出て来たのに頭を下げっぱなしで全然こっちの顔を見ないんですもの……」


 俺は大嫌いな香坂とはいえ暴力に訴えてしまったことを深く反省していた。親父はそんな俺を強く叱らなかったがアンガーマネジメントの大切さを説明してくれた。怒りは何も産まない。どんなに相手が悪くても最初に手を出した方の負けだ。例え喧嘩に勝ってもそれは一時の欲求を満たすだけのむなしい行為だと。


「零お兄ちゃんはとても偉かったと思います。自分だけに非がないのに決して言いわけもしなかった。ううん、それだけじゃない、俊さんの足についても心配してくれたし……」


 彼女が俺の首にまわした華奢きゃしゃな腕にぎゅっ、と力がこもるのが感じられた。

 俺は褒められて嬉しかったが乙歌ちゃんの言葉に妙な引っかかりを覚えた。

 俊さんって香坂の事か!? 自分の兄貴だろ、なんで他人行儀に兄貴のことを呼ぶんだ……。


「きっとサッカー部の活動に影響が出たら心配だったんですよね。零お兄ちゃんはやっぱり優しいです……」


 彼女はそう言って微笑みながらそっと長いまつげを伏せた。


 おっと、見惚れている場合じゃない、病室のベットまで彼女を慎重に運ばなければならない。お姫様抱っこなんて人生初体験なので勝手が分からないことばかりだ。

 乙歌ちゃんは小柄なので重くはないが上半身にまわした腕の位置が決まらない。

 細い腰に近いと上半身が下がりすぎるし、首に近いと俺の顔と接近しすぎて逆に違う意味でマズい……。

 映画や漫画で、お姫様抱っこのまま延々とヒロインを運ぶシーンがあるがあれは現実的ではないんだな。


「……んっ」


 乙歌ちゃんが急に無言になった。あれっ!? どうしたんだろう。


「乙歌ちゃん、どこか苦しいの?」


「いえ、苦しくはないんですが零お兄ちゃんの腕が低すぎて、私の腰が、その、当たって……」


 乙歌ちゃんの言っている意味が理解出来た。俺は腕の位置を気にするあまり彼女のお尻が下がりすぎて、ちょうど俺の相棒の位置に腰が当たってるんだ!!

 お姫様抱っこに集中しすぎてそっちのエロアンテナがお休みしていたせいで気が付かなかった。

 彼女の腰が身をよじるたびに柔らかな感触が制服のスカート越しに伝わってきた。時折当たる固いものは腰骨!? 急に意識し出したら興奮が止まらなくなってしまった。


 ティンティロリン♪×1


 ヤバいっ!? 毎度お騒がせな効果音が!!


「きゃあっ!?」


「ご、ごめん、乙歌ちゃん!? こらっ!! 静まれ俺の


 慌てて○んポジを直そうした俺に悲劇が襲いかかってきた。

 すっかり腰が引けた状態になり彼女の膝の裏にまわした手が外れてしまった。

 その拍子に乙歌ちゃんが俺からずり落ちそうになり、慌てて両腕と両足で

 俺にガッチリとしがみついてきた。こ、この状態は!?


 「……零お兄ちゃんっ、落っこちちゃう!!」


 お姫様抱っこからの駅弁○ァック状態やぁ!! 若い人には分からない単語なので訂正しよう。だいしゅきホールド体勢になってしまったあぁ!!


 まるで零ちんと言う木に止まるせみ状態だ。彼女の意外とボリュームのある胸と生足の太ももを身体に押しつけられる。なによりヤバいのが先ほどのスカート越しではなく生のおぱんつを相棒の前に押しつけられたことがマズい!! 柔らかな布の奥の感触に煩悩がMAXになっちゃうよ!!


 これは神様に俺の精神力を試されているんだ。ここでアレをおギンギンにしたら駄目だ。


「ぐわあああっ、うおりゃあああっ!!」


 最大の煩悩を振り払うかの如く絶叫する。

 血の涙が本当に流れるかと思った。俺の両手、両足、相棒に聖痕せいこんの跡が浮かび上がり、キリスト様になりそうな勢いだ!!

 エロい欲求に打ち勝って将来のラブコメ生活を勝ち取るんだ。よし、このままベットに乙歌ちゃんの身体ををゆっくりと降ろすんだ。


 ドシン、ガタガタ!!


「あ、乙歌ちゃん、ゴメン……。目測を誤った」


 体勢を崩した俺達は盛大な音を立ててもつれ合いながら、病室の固いベッド目がけてそのまま倒れ込んでしまった。

 

 俺達は抱き合ったままベッドインしちゃったんだ!!

 彼女を組み伏せる姿勢のまま俺は固まってしまった。


「……れ、零お兄ちゃん、お、お顔が近いです」


 驚いて目を見開いたままの美少女を下敷きにして……。


 本当に精神力は持つのか!? 危険な次回に続く。

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