2-3

「撲殺鬼か。なかなか愉快な名前だ」

 そう言うとヒレンソは、のどを鳴らして笑った。

「まったく、やばかったぜ。勝っても何も金にならんし」

「飯をおごってもらえたのだろう」

「あんな状況でそれができるかっつーの。世の中には信じられないやつがいたもんだ」

 スキィアは斧を受け止められた時の感触を思い出していた。あれほど力の強い人間はこれまで会ったことがなかった。しかも王国では、戦う女性というのは極端に少ない。魔術師などにはいるが、戦士やハンターとなるとほとんど見ることがない。衣服からして、女性も戦う「外の民」だったのだろう、とスキィアは思った。

「まあ、お前もじゅうぶん規格外だと思うぞ」

「権力と暇のたまものだ」

 星空を見上げながら、スキィアは苦笑した。



「スキィア様は、実は王子でごさいます」

 ある日、彼の世話をしていたルケレットに突然言われた。スキィアは10歳。

「王子? なんの?」

「この国のです」

「ははーん、この前何かで読んだぞ。王がどこかで火遊びをしたってので、認知せずに放っておかれたんだな。ああ、おいたわしや俺」

「そのようなことではございません。スキィア様は王も認めた正当な王子。ただし、世間的には姫ということになっています」

「あら。姫なの俺。誰に嫁ごうかな」

「真面目に聞いてください。お母様の家柄もよく、本当ならば有力な王位継承者候補なのです」

 それからスキィアは、様々な真実を伝えられた。彼は驚かないふりをしながら、内心とても驚いていた。「すげーのになんか大変じゃねーかーあーあーあーあー」と。

 スキィアの住む家は、グレナハル島という湖に浮かぶ島にあった。周りの者はほとんどが漁業に従事していた。家には使用人が何人かおり、自分が特別な存在であることはスキィアも元々気が付いていた。

「スキィア様は王にはなれません。この地で幸せに生きていければよいのです」

「太陽かもしれないのに?」

 ルケレットは口を閉ざした。

 兄か弟か。スキィアは初めて知ったその存在を全く実感できなかった。いや、そもそもまだ生きている兄弟たちのことも、血のつながりなど感じられないのだ。

 それは相手も同じだろう。世間には姫ということにされた、祝福されない命。王子でありながら、太陽かもしれないとされながら、田舎でひっそりと暮らす少年。

「ここで穏やかに暮らしましょう」

「どうすれば……どうすれば太陽であると示せる?」

「それは……」

 かつて太陽と呼ばれた王族は、たった一人しかいない。建国の王である。初代の王は戦乱の世を収め、偉大なる者として歴史に名を刻んだ。

 それ以来の太陽、になるはずだった。しかしスキィアの兄は亡くなり、太陽は沈んだとされた。その魂が、いつか国を救うだろうと結論付けられた。

 この世に顔を出した瞬間。それこそが大事だった。双子のことは隠され、のちに生まれた男子が第四王子として世間に公表された。しかし王家の者たちは彼が太陽でないことを知っている。

「スキィア様は……太陽であると認められることはありません」

「ルケレット、それは間違いだぜ。建国の王は、生まれた時は太陽と言われてなかった。後に太陽になったんだ。俺だって、できるかもしれない」

「……諦めてください。後生ですから。混乱のもとになります」

「まったく、王家ってのはめんどくせーな」

 その時はまだ、スキィアは普通の裕福な子供だった。

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