2-2

 女はまっすぐにスキィアを見た。

「いやあ、この町来たばっかりなんだけど」

「でも、つーよーいーんでしょー?」

「人間相手は専門外なんだよねえ」

「私、人外ってよく言わーれーる」

 野次馬の視線が、二人の間をさまよった。新たな喧嘩を、期待している。

「撲殺鬼……」

 誰かが言った。

「えっ」

「そうかあれが……」

「思ったより若いな」

「え、なになに?」

「あんた知らないのか。いろんな町で強者を求めては殴り倒す、鬼のような女。山のようなのを想像しとったが」

「はあーん」

 スキィアは迷った。王子であることをアピールすれば、この場は何とかなるかもしれない。ただ、そういう話が通じない相手にも見える。

 何よりスキィアは、別に争いを避けたいわけではなかった。負けるとも思ってなかった。

「魔物の、においがすーるー」

 女は、走り出すとスキィアに向かって拳を突き出してきた。

「同意してないぞっ」

「反撃しないーならー、私の勝ちー」

 スキィアは腕を交差させて攻撃を受け止めた。

「いってーっ!」

「折れてるかもよー?」

「何だこのメリットのない戦い」

「ご飯代はー、おごってあーげーるー」

「いらねえ! 悪いが、武器を使うのが本職なんで使わせてもらう」

「ご自由にー」

 スキィアは剣を抜いて振るったが、女には当たらなかった。ぬらりぬらりと動いて、避けるのである。そして女の蹴りが、スキィアを襲った。スキィアは大きく後ずさってかわすしかなかった。

「あの女すげえ……」

 武器を持った相手を寄せ付けない姿に、野次馬たちは感心していた。

 スキィアは悩んでいた。人間以外相手に本気を出していいのか。そもそも報酬があるわけでもないのだ。また、相手が強いほど手を抜くのが難しい。殺してしまったらややこしいことになる。

「仕方ねえ」

 スキィアの手の中で、剣が形を変えていった。そして、長い鞭へと変化した。

「てーじーな?」

「そういうのじゃねえんだな。今からあんたを野獣と思って狩る!」

 スキィアの振るった鞭が、女の右足に絡みついた。強く引っ張られ、女は転倒する。そして次の瞬間には、鞭は斧になっていた。

「あいつ、殺っちまう気だ!」

 喧嘩だと思っていた観衆たちはざわつき始めた。しかしスキィアは、殺す気でかからなければやられると感じていた。そして彼は、対峙した野獣は必ず殺してきた。

 斧が振り下ろされる。逃げる余裕はなかった。

「すごーい」

 しかし女は生きていた。それどころか血を流してもいなかった。左足で斧の柄を抑え、両手で刃を挟み込んで受け止めていた。しかも、押し返し始めている。

「いやいや、あり得んて」

 これまで様々な鍛錬を受けてきたスキィアだったが、斧を素手で受け止められた後の練習などしたことがなかった。とはいえ、今こそ相手が素早く動けない瞬間である。スキィアは斧から手を離し、右ひざを女ののどに落とした。さまともに食らって、女は悶絶した。スキィアはさらに、わき腹を蹴り上げた。本来なら殴り掛かるか締め落としにかかるべきだったが、女の間合いに入るのは危険と思った。、隠した特技を持っているものである。

「ひ、ひひ……」

 女は苦しむような、楽しむような声を出した。

「喧嘩は俺の勝ちだな」

「そうーねー……。強い。すごく強ーい」

「あんたこそ、これまで会った人間としては最強だった。まあ、実際の最強は俺なんだが」

「とどめささなくていーいーの?」

「殺すつもりで戦ったが、殺したかったわけじゃあねえし。見逃すよ」

 そう言うとスキィアは、その場を歩き去っていった。格好をつけてみたものの、魔法の杖の変化を見られた以上、そこにとどまるのが得策とは言えないのが実際のところであった。

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