1-6


 スキィアは、水の入ったコップを朝日に向かって掲げた。

「今日もわれらを見守りたまえ」

 コップを地面に置き、大地に跪く。両手を胸に当てて、目を閉じた。

「心を捧げます」

 閉じ楽した後、目を開けてスキィアは大きく深呼吸した。

「神への祈りか」

 ヒレンソは前足で顔を撫でていた。一応洗っているらしい。

「そうなのよ。まあ、習慣だからなぁ」

「信心深いんだな」

「こうするように教えられただけだ。俺だって王子だから」

「庶民はしないのか」

「だいたいするみたい。ただ、山ん中にゃ別の神様信仰する奴もいるんだとか。魔獣に宗教はないのか?」

「どうだろう。少なくとも私たちにはなかった」

「ふうむ。謎が多いぜ」

 魔獣は人間の言葉を話すが、交流することがない。人間は見れば襲うものなのだ。ヒレンソのように落ち着いた魔獣はまれで、普通は質問にも答えてはくれない。

「私たちも人間のことはあまりわからない」

「俺たち、記録付けたらすげえ価値のあるもん作れるかもな。ま、めんどくさいからしないけど」

「そうか、人間は文字が書けるのだったな」

「魔獣はないのか?」

「この手がペンを持つのに適していると思うか?」

「なるほど」

 ヒレンソの説明を聞いても、本当に文字を持たないのだろうか? とスキィアは訝しんでいた。

「まあ、魔法で記憶を保存することはできる」

「便利だねえ」

「私ほどの魔力がないと無理だが」

「自慢かよ」

「はっはっは」

 豪快な声が、あたり一面に響き渡った。



「ふう」

 ルーデはため息を漏らした。今朝、一人の兵士が息を引き取ったのである。

 魔物狩りにおいては、命を落とすことは覚悟の上である。それでも報酬を求めて、多くの者が志願する。ルーデの巧みな戦略により、死者なしで終える作戦も多かった。しかし今回は、そうはいかなかったのである。

「ルーデ様、落ち込んでいらっしゃいますね」

 カブレフィドが、部屋に入ってきた。

「まあな。どうにかできたのならば、反省すればいい。しかし、昨日のあれは明らかにどうしようもなかった。犠牲なしで乗り越えるのは不可能だった」

「そうですね」

「魔物が強かった。しかし、どうしてだ? こんなところにいるはずのない奴らだった」

「何か原因があるのでしょうか」

「わからん。だが、対策は考えねば」

 魔物は、意図的に人間を襲うものではない。しかし人間がその領域を冒せば、襲ってくる。そのため人々が生きていくためには、減らしていく必要があるのだ。

 ルーデのほかにも、私的に魔物を狩る者たちもいる。討伐した魔物に応じて、対価が支払われるのである。しかし彼らは、基本的に小規模である。群れとなって襲ってくる魔物には対応できない。ルーデのような王国から遣わされた隊は、軍となって魔物の群れと対峙するのである。

 とはいえ、隊に参加しているのもほとんどが民間人である。力自慢の者もいるが、貧しい家の三男四男ということも多い。強いとは限らないのである。

 指揮官が導いてやらねばならないのだ。

 魔物が予想より強かったならば、予想が悪いのだ。

「ルーデ様、誰も死なないようにとか考えていませんか?」

「え、まあ……」

「兵は死ぬものです。戦は勝つためにやります。惑わされませんよう」

 カブレフィドはあごをクイッとあげた。

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